2004参院選
 
憲法のある風景(下) 地区診断 参院選2004

 ケアマネジャー、OT(作業療法士)、PT(理学療法士)……。介護保険制度導入と前後して、お年寄りが理解できない肩書が増えた。人間として共に泣き共に笑う福祉の原点が、「専門性」によって失われつつあるのではないか。半世紀にわたって保健福祉にかかわってきた稲葉峯雄・今治明徳短大名誉教授(80)は危惧(きぐ)している。

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 稲葉さんは、県医務課に勤めた64年から10年間、「地区診断」に携わった。医師や保健婦らが一つの地域に入りこみ、数カ月かけて住民の声を聴く。水質検査や食生活の調査によって伝染病が蔓延(まんえん)する劣悪な環境を住民自身に気づいてもらう。嫁姑(しゅうとめ)の関係に悩む女性たちが語り合う場を設け、封建的なしがらみを断ち切ろうとも試みた。憲法の理念に基づく、住民主体の民主的な地域づくりを目指すものだった。

 地区診断が各地で進むにつれ、「水道を整備してくれ」といった住民の行政への要求が急増する。県幹部は「予算が限られているのに、問題を掘り起こすな(寝た子を起こすな)」「要望を聞くより、国の方針に基づく事業計画を進めるべきだ」と非難した。全国から注目された地区診断は73年に廃止され、かわりに「健康まつり」が催されるようになった。住民自治や生存権といった憲法の原則から、どんどん逆行するように稲葉さんには思えた。

 77年、キリスト教系の老人ホームの理事長に誘われて園長に就任。

 当時、入居者数に応じて国から支払われる「措置費」は、細かく用途が定められていた。稲葉さんはその余剰資金をルール違反と知りながら、独居老人の訪問や弁当配布の事業を始めるのに転用した。「地域に開かれたホーム」を追求したのだった。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という25条を実践しようと考えたからだ。

 だが、地元の社会福祉協議会からは「地域のことに口をだすな」と言われた。ホームの理事たちからは「勝手なことはするな」「措置費はホームのなかだけで使ってくれ」と批判された。結局、7年間でホームを追われた。

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 戦時中、「お国のため」というスローガンのもと、個人の命は軽んじられた。だから、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」(前文)、「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)などと説く憲法は、日本人の「人間宣言」だと思った。

 「県職員」「ホームの園長」という立場ではなく、人間として何が大切か何をするべきかを判断し実践するのが、憲法を生かす道だと信じてきた。だが、そう思って努力するごとに、行政権力の壁とぶつかった。

 「一人一人が地位や肩書や利害関係を脱ぎ捨て、『人間として』自らの生き方を見直してほしい。そしてその視点から何が大切かを見極めて選挙に臨んで欲しい。それこそが憲法の原点に返ることです」

 稲葉さんが後輩に託す願いである。

 (06/18)


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