2004参院選
 
地域振興(ふるさとは今… 04参院選:1)

 西中国山地を南北に貫く浜田自動車道の旭インターから車で数分の旭町今市。人口3千人余りの町の中央の通り約1キロ沿いで洋品店や食料品店などの閉店が続く。浜田道が全線開通した91年、町内には95の商店があったが、02年までに39店が閉店した。全従業者数は4分の3に減った。未整備地域が熱望する高速道路が県内で最も早く開通しても、過疎化は止まらなかった。そして今、迷惑施設として敬遠されてきた刑務所の誘致に地域振興の望みをつないでいる。

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 50年近く家族を中心に経営されてきた食料品店は5年前、町がひっそりする日曜を休業日に変えた。店主の妻(62)は「高速道ができて、週末にレジャーで町外へ人が出ていく。広島へ行くのに高速を使うようになり、人が通りを通らなくなった」と嘆く。町の人口は、この40年余りで半減した。41%の高齢者比率(00年度)は県内トップ級だ。

 県と町は浜田道の開通から6年後の97、98両年にかけて、旭インター沿いに計22.6ヘクタールの県営旭拠点工業団地を造成した。総事業費36億円。「高速道路へのアクセスの良さ」を売り物にして雇用増加や地域振興をもくろんだ。県内主要工業団地の中で最も安い土地単価を設け、固定資産税も優遇した。町の担当者は毎年、企業誘致に全国の20〜30社を訪ね、韓国や台湾にも出かけた。だが、これまでに開業したのは隣の瑞穂町の建設業者1社だけ。広大な団地には、ひざ丈まで雑草が伸びている。

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 町民たちはもともと企業誘致に冷めていた。町内で30年間、理容店を営む女性(54)は「ほかの工業団地も企業誘致は進んでないから期待していなかった。(造成費が)もったいないと思った」。今では岩谷義夫町長も失敗を認める。「旭インター近くにつくったこと以外にメリットはなかった。できた時点で広島県内に8カ所の工業団地があった。初めから無理だった」

 企業誘致の不調に加え、浜田道開通の3年後にオープンしたリゾート施設「旭テングストン」を経営していた第三セクターが01年夏、44億円の負債を残して自己破産した。高速道路にかけた夢はことごとく散った。そして、浜田など4市町村との合併を前に、町が地域振興の最後の望みを託したのが、工業団地への刑務所誘致だった。

 受刑者の急増で法務省が03年度に新設を決め、旭町を含む全国51自治体が誘致に名乗りを上げた。選ばれたのは山口県美祢市で、今年度も1カ所の新設が予定されており、刑務官やその家族が住むことで地元への経済波及効果が大きいとみられている。

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 合併すれば町は新市の東端になる。衰退への危機感は他市町村以上に強い。今年4月には岩谷町長が上京し、青木幹雄・自民党参院幹事長ら県選出国会議員に刑務所誘致への協力を求めた。

 今年度に入り、仁摩−温泉津、浜田−三隅、三刀屋木次−広島県境で相次いで高速道の本格着工を意味する「くい打ち式」があった。道路公団改革で建設が一時危ぶまれただけに、出席した澄田信義知事や竹下亘衆院議員ら県選出議員らは胸をなで下ろし、「地域経済や広域観光の活性化への大きな効果」「ふるさとの悲願」と口にした。

 「インターチェンジがなければ、(この10年間は)どうにもならなかった」と言う岩谷町長は「今やインターチェンジは全国どこにでもある。それだけではだめだ。地域に風穴が開き、過疎化を促進する心配もある。住みやすい環境をそろえないと人口増にはつながらない」と続けた。

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 98年の参院選から6年。3選後の青木氏は小渕・森両内閣の官房長官や自民党参院幹事長に就くなど中央政界で力を伸ばしてきた。その実力は、故竹下登氏が首相になった翌年の88年度から県民1人当たりの公共投資額が13年連続で全国1位、山陰道・仏経山トンネル西工事の事業継続などで裏付けられた。だが、深刻な過疎化、基幹産業である農業の不振が続くなど島根の空洞化が進む。県選出議員が中央で階段を駆け上がる一方で、ふるさとはどう変わったのか。その現場を探る。

 (06/08)


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