2004参院選
 
ふるさと創生(ふるさとは今… 04参院選:2)

 「都市と地方の対立(構図)を県内に持ち込むのは得心がいかない」

 4月20日、浜田市内で開かれた県幹部と市町村長が意見を交わす県市町村長会議。町内の警察署と高校分校、農林振興センター普及部の廃止が県の再編計画に盛り込まれた掛合町の影山喜文町長は、澄田信義知事や市長らを前に訴えた。「島根の将来ビジョンなくして、住民の納得のいく再編ができるのか。今こそ、ふるさと再生を果たすべきだ」

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 故竹下登・元首相が生涯の政治目標とした「ふるさと創生」。その理念が、元首相のふるさとで問われている。

 「ふるさと創生事業」は竹下氏の発案で実施された。89年に全国約3300の市町村に使い方を限定せずに1億円ずつ配ったことで有名だが、正式名称は「自ら考え自ら行う地域づくり事業」だった。

 当時、掛合町には報道各社の取材が相次いだ。「首相の地元は1億円をどう使うのか」。当時の町長落合良夫さん(78)は、竹下氏から「全国の市町村長の中で最も大きなプレッシャーを受けるが、じっくり考えなさい」と直接助言された。「中央集権じゃなく、地方で考え、発信することを町民に植え付けることが竹下さんの目的だった」と振り返る。

 町は「1億円」をきっかけにまちづくり計画をつくった。1億円の大半は基金で残し、一部を町内7地区のコミュニティー協議会に100万円ずつ配って地域づくりや過疎対策について意見を求めた。

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 各地区からの報告書をもとに91年、「好老の郷づくり」を目指す「掛合町ふるさと創生事業」をまとめた。「好老」は、竹下氏が首相就任時に発表した「ふるさと創生論」の中の言葉を引用した。計画に基づき、テレビ放送難視聴地域の対策として、ケーブルテレビ放送局を県内で初めて設置した。広島市へと続く国道54号沿いには、特産品販売店とレストランに緑地公園や交流・情報発信施設を加えた複合施設「掛合の里」を整備した。それが「道の駅」のモデルとなり、全国に広がった。町企画開発課の課長補佐だった朝山哲助役(56)は「1億円を起爆剤にいい計画をつくることが(首相の地元として)恥ずかしくない使い方と思った」と言う。

 戦後、軍隊から帰郷した竹下氏が「国破れて山河あり」と実感し、政治家を志したという話は今も地元で語り継がれる。だが、竹下氏の衆院議員1期目の1960年に7000人以上いた町人口は、03年に4000人を割った。「ふるさと創生事業」は少子高齢化や過疎化の歯止めにはならなかった。

 市町村合併と同時に県の行政施設が廃止されれば、現町域の人口減少はさらに加速する恐れが高い。竹下氏の実家の造り酒屋「竹下本店」がある商店街への影響も必至だ。町議の一人は「これからはここにいるものが助け合い、住み良い地域にするしかない」と決意を示す。落合さんは「国にも金がなく、“ばらまき”によるふるさと創生は難しくなった。それでも地方には地方の分担業務がある。これからは市町村が本当に必要なことを見極めないといけない」。

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 「ふるさと創生」とは何だったのか。影山町長は「地方の大切さを全国に訴えることでもあった。その点では都市と地方が対立するいま、日本全体に『ふるさと創生』(の理念)は根付かなかったということだろう。自治体がハコモノに走り過ぎた欠点もあった。都市と地方がお互いを理解し、もっと優しい日本をつくるという課題が残った」。

 (06/09)


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