2004参院選
 
でも「私は行く」(私が投票しない理由 04参院選:5)

 私が投票しない理由(わけ)

 応援した候補者は、当選すると急に態度が変わった。

 選挙期間中は向こうから頭を下げ、握手を求めてきた。水戸市の会社員の男性(40)は、その都度、社内労組の役員としてできる限り支援したつもりだ。当選後、ある会合で候補者にあいさつしたら、無視された。

 「またか」

 これで何度目だろう。少なくとも1度や2度じゃない。1人に限った話でもない。最近では、どの政党のどの議員だろうが、言うこともやることもすべて選挙用のパフォーマンスに見える。

 それでも男性は必ず投票に行く。

 「組合員に棄権防止を訴えている手前もある」

 国政への期待や要望もたくさんある。ただ、自分の一票は、その候補者の当落という以外、本当に国政に結びついているのだろうか。選挙のたび、つのる失望感やむなしさ。

 最後はこう言い聞かせる。

 「自分が投票しないわけにはいかない」

     ■

 《公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する》(憲法15条)

 日立市の茨城大4年の椎名剛志さん(21)は、投票には欠かさず行っている。10代の頃から、「20歳になったら投票に行くもんだ」と考えてきた。

 今の政治に不満はある。だが、それほど強い意志があって投票しているわけでもない。

 誰に入れるかはその都度決めればいいし、候補者の違いがよく分からなかったら白票にすればいい。比例区もそうだ。

 昨秋の衆院選は、各党のマニフェストを参考にした。内容は忘れてしまった。でも、今後も投票に行こうと思う。

 「投票? だって買い物か何かのついでに、ほんの数分のことじゃないですか」

 水戸市の保険外交員(37)も候補者のことはよく分からない。演説を聞いても、言いたいことだけ言っているように感じる。市民の声を聞いていない。誰に投票したって同じことだと思うと、投票用紙に自分の名前を書いてくる。「私が来たぞって証拠になるから」

 水戸市の雑誌編集者安斎栄さん(44)は、仕事で東京を往復するたび、茨城のもめ事の多さに嫌気がさす。土地の境界問題、仕事をとったのとられたの。そのたびに陳情だ。方や、組合などの組織票が多く、そこに個人の意思は感じられない。

 土着の選挙では、どうあがいても何も変わらない。1人じゃとても無理だ。でも、何人かでなら変えられるんじゃないか。

 「そんな希望が、まだあるうちは行きます」

     ■

 「白票では開票作業をした人の記憶に残らない」

 水戸市の会社社長(38)の作戦は、投票用紙に斜線を入れることだ。もし、半分が無効票だったら……。

 「さすがに『これは変だから原因を探らなければ、投票の意味がなくなる』となるんじゃないか」

 投票率が低いだけだと、無関心や制度の問題にされてしまう。無関心なんじゃなく、「これではだめだ」という意思表示のために投票に行っている。

 政治家にも問題があると思う。

 そもそも、「無関心」や「政治離れ」を政治家が助長しているのではないか。投票率が低い方が政(まつりごと)をしやすいと思っているのではないか。

 「政治家は、有権者が政治に関心を持ってしまっても、本当に大丈夫なの?」

     ■

 「県選出の参院議員は誰だったかな」

 以前なら全員言えた。どんどん小粒になっていく気がする。おまけに参院は生活から一番遠い。

 土浦市の高校教諭は、それでも白票は投じない。せっかく入れるんだからという思い。入れても仕方がないというあきらめ。

 「どうにか考えるんだよ、無理やり」

 投票は権利。

 だけど、権利は《国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない》(憲法12条)。権利には責任が伴うはずだ。

 ところが、最近はみんな権利ばかり主張して、その裏側にある義務を果たさなくなった気がする。生徒は特にそうだ。政治への興味なんかまったくない。

 「この調子だと、そのうち選挙権自体がなくなっちゃうかもしれない」

 (06/15)


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