2004参院選
 
憲法のある風景(上) ミカン農家 参院選2004

●集権化 しぼむ自治

  柑橘(かんきつ) 類の価格が低迷し、荒れたミカン山にはセイタカワダチソウが広がる。 その原因をオレンジなどの輸入自由化に求める人が多いが、JA宇和青果の元組合長、幸渕文雄さん(75) =吉田町河内=は「国による補助金行政が悲劇の要因」 と言う。

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  大正時代、流通を独占して安く買いたたく商人に対抗し、農民自ら販路を開拓したのがJA宇和青果のはじまりだった。 終戦後の農地改革で地主による封建的支配が崩れると、青年団や公民館を中心に 「自分たちの地域を自分たちで作る」 という自治意識が一気に芽生えた。

  食糧事情が安定するとミカンブームが訪れる。 61年、農業基本法成立と同時に、政府は果樹と畜産を重点的に拡大する方針を決めた。

  低利の融資や補助金を活用して、多くの農家が広くて安い土地を求めた。 幸渕さんも一本松町に2ヘクタールのミカン畑を開き、オート三輪で毎日片道3時間半かけて通った。

  だが、植えた苗木が果実をつけはじめた10年後、生産過剰とグレープフルーツの輸入自由化(71年) が重なり、ミカンの価格が暴落。 樹勢が最盛期を迎えた約20年後には、伐採すれば 「減反補助金」 が出るようになった。 68年に3万5千トンだった宇和青果の夏みかん生産は81年には450トンまで減った。 幸渕さんも一本松町のミカン園を閉じた。 国の大規模化政策にのった人ほど辛酸をなめる結果になった。

  価格暴落対策や減反補助金、輸入自由化対策、選果機導入……。 国の予算を獲得するため東京に通い、国会議員を通じて陳情を繰り広げた。

  農産物の輸入を次々拡大する政府への反発はあった。 でも、補助金を獲得するには 「現実的な対応」 をとるしかないと考え、選挙では与党候補を応援しつづけた。

  憲法92条は住民自治を基盤とする 「地方自治の本旨」 をうたっている。だが現実はそれと逆行し、補助金を媒介に中央集権が強められていったと考える。終戦直後の農村自治はいつしか消えていた。

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  幸渕さんは96年に組合長を辞めて以来、月3回、集落の後輩たちを自宅に集めて、ミカンの栽培法や農協問題といったテーマで勉強会を開いている。 自治と自立を取り戻すには、地域の問題を語り合う場が必要だと思ったからだ。

  話し合うなかで、中山間地域の農家を対象にした補助金をお互いに持ち寄って、中古のパワーショベル3台を購入することにした。 今、作業道や農地を整える共同作業が増え、住民のきずなと誇りがよみがえりつつある。

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  「構造改革」 や「グローバリゼーション」 を訴える政治家を、その影響をもろに受ける農民が 「仕方ないから」 と支持する。 また自衛隊の海外派遣という現実に合わせるため、憲法9条の改正を訴える政治家がいる。 幸渕さんにとっては、どちらも 「現実的対応」 を重ねて徐々に地域社会を衰退させてしまった過去とだぶって見える。

  「現状の追認ではなく、候補者も有権者も、本質を見極めたうえで、選挙にのぞんでほしい」。 参院選を前にした幸渕さんの願いだ。

 (06/16)


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