2004参院選
 
憲法のある風景(中) 在日3世 参院選2004

 陳信之さん(49)は徳島県に生まれ、「大原信之」という名で日本人に囲まれて育った。16歳の誕生日、外国人登録の指紋押捺(おうなつ)によって「国籍」と向き合うことになった。「なぜ自分だけ?」「友人がいなくなるのでは」……。3カ月ほど悩んだ末、役所の住民課の奥で墨をつけた左手人さし指を紙の上でころがした。

 自営業の父は、親類の会社に勤めていることにして厚生年金に加入していた。外国籍では国民年金に加入できなかったからだ。だが、役所から「勤務実態がない」と指摘され、厚生年金は解約させられた。同様に勤務実態がなかった小泉首相のように「当時の社長から『仕事は次の選挙で当選すること』と言われた……。人生いろいろ社員もいろいろ」とは当然、開き直れなかった。

 役所も民間企業も外国籍では雇ってくれない。年金も加入できない。自分の手で商売を営み、老後の資金をためて「自己責任」で生きていくしかない。だから陳さんは、東京の大学に進学したが就職活動はしなかった。

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 日本政府は1979年、国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)に批准した。規約には、「すべての者は、法の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する」と国籍などによる差別を禁じている。欧米からの圧力でベトナム難民受け入れを余儀なくされた結果の批准だった。

 それまで、国民年金加入資格や公営住宅への入居を求める運動をしても国籍条項で拒否され続けた。憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。だが陳さんたちには、その「国民」という壁が立ちはだかった。だから、B規約の批准で「すべての者」に基本的人権が保障されると知り、「目の前がパッと開ける思いがした」とふり返る。

 憲法とB規約を支えに運動を進めた結果、82年、国民年金加入は認められた。だが、受給には25年間の加入期間が必要なため、父は今も無年金生活を強いられている。

 今、陳さんらが求めているのは地方参政権だ。「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」(93条)と、憲法は「住民」に地方参政権を保障しているのに、自分たちは選挙権・被選挙権から排除されている。その一方で、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」(30条)と、「国民」が対象の納税義務は、外国籍住民にも課せられている。

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 条文にちりばめられた「国民」という文字に多少の違和感を感じる。でも、今の憲法を基盤にすれば様々な民族がお互いの違いを認めあって暮らせる多文化多民族共生社会が実現すると思う。

 「『自由と平和と民主主義』をうたう憲法に誇りをもち、外交でも国内政治でも、絶えず憲法に照らして議論し実践する国になってほしい」。参院選を前にした陳さんの思いだ。

 (06/17)


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