2004参院選
 
越えた一線 <04参院選 不安の風景>

 脳裏に焼きつき、離れない光景がいくつもある。下伊那郡泰阜村に住む中島多鶴さん(78)は、満蒙開拓団の一員として過ごした旧満州(中国東北部)で、4人の妹たちを病気で失った。

 「結核になって歩けない我が子を川に投げ、狂ったようになった仲間もいました」。45年8月9日の旧ソ連参戦後、開拓団は置き去りになった。多くは女性や子ども。20日余に及ぶ逃避行の末、中島さんらがたどり着いたのはかつての沖縄の開拓団の建物。そこは収容所に変わっていた。

 泰阜村からは約千人が送り込まれたが、半数以上が現地で亡くなった。「生きて帰れたのは運が良かっただけだと思う」。中島さんはいま、飯田日中友好協会女性委員長などを務め、残留婦人の引き揚げなどに残りの人生を捧げている。

 イラクへの自衛隊派遣や多国籍軍参加の閣議決定など、最近の自衛隊の活動の大きな変化に、不安を感じている。

 開拓団と現地の人たちとは友好的な交流もあったが、日本の敗戦と同時に、日本軍が持っていた銃を中国人が拾って日本人を殺したという記憶がよぎるからだ。

 「反日感情を募らせていた中国人がいたのでしょう。復興支援を理由に日本の自衛隊がイラクに行っているが、イラクの人たちに、同じような感情が募ってしまうかもしれません」

   ■   ■

 イラクで邦人が武装勢力に拘束されたニュースが日本中を駆けめぐった直後の4月中旬、信州大学4年生の小森麗子さんは、陸上自衛隊松本駐屯地をぐるりと歩きながら、自衛隊の即時撤退を求めるデモに参加した。

 国会では、イラク特措法や年金関連法など、賛否の分かれた法案が強行採決されることが多く、「反対意見が葬り去られている」と映る。それでも、「声を出せば、小さくても影響はあるはず」と信じている。

 来月にはサークルの仲間たちと、イラクで武装グループに拘束された市民団体メンバーの渡辺修孝さんを招いた講演会を企画している。「渡辺さんがイラクで何を見てきたのか、自衛官だった彼の生活を変えたのは何だったのか、いろいろ聞きたいことがある」

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 松本駐屯地で訓練を重ねる自衛官の20代の妻は、夫とイラクの話はしないという。生後間もない赤ちゃんがおり、「夫がもしイラクに行くことになったら、と想像すると不安になる。普段はあまり考えないようにしている」

 40代の妻は、毎晩遅くまでテレビのニュースを見るようになった。自衛隊の情報や小泉首相の発言を見逃さないためだ。「私も自衛官の妻。派遣が決まれば覚悟しなければ」と自分に言い聞かせるが、「実際に派遣となればパニック状態になるかもしれません」

 今回、投票には行くつもりだが、「だれに入れるか決めていない」という。支持政党は自民党。だが、夫が派遣される可能性を考えると、一線を越えた自民党のイラク政策をそのまま支持するには、ためらいもある。「ぎりぎりまで悩みそうですね」と漏らした。

 (06/22)


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