2004参院選
 
挫折と信仰と <政治の季節のあとに(4)>

 坂戸市の教会で牧師をしている郷家(ごうや)一二三(ひふみ)さん(52)は今、ほとんど政治を語ることがない。

 政治で社会を変えるより、人々の内面から社会を変えたい――。そう思うようになったのは、いつのころからだろうか。

     ■  □

 69年、川越高校の生徒会長になった。

 当時の「川越高校新聞」に、就任の抱負を語っている。

 「学校の下にある保守的な生徒会にしようとは考えていない。それと共存し、もしくは先頭を切って古い体制を破っていきたい」

 一部の生徒は学内外のグループと安保やベトナム戦争に反対する活動に没頭していた。学校でハンストを始めた生徒を説得し、「学校外の運動に影響されるな」と声明を出した。

 大多数の生徒は生徒会の活動に無関心だった。それでも、郷家さんは校門で毎朝のように生徒たちにビラを配った。

 「生徒憲章」をめぐっては、郷家さん自身が職員会議に出席した。

 70年早春の生徒総会。新しい憲章が諮られた。「ここで承認されなければ、生徒会執行部は総辞職する」と、郷家さんは演説した。

 新学期、憲章は実施に移され、服装は自由になった。授業では教師たちが哲学など自分の得意分野を語る自主講座が始まった。

 しかし、郷家さんはその直後から、生徒の間で憲章への関心が低いことに気づく。

 11月、生徒会の副会長に決まっていた後輩が修学旅行中に事故死した。仲間がいなくなったのに、学校はいつもと変わらず、にぎやかだった。

 「何も変わっていない」。挫折感にさいなまれた。同じころ、教会に通い始めた。

 進学した東京教育大学でも、挫折の光景を目にした。筑波大学への移転前の最後の世代だ。移転反対にかかわった多くの教官が大学を去った。

 卒業後、県立高校の教諭になる。生徒が学園祭の後夜祭の時間延長を求めたが、学校側は認めなかった。後夜祭を強行しようとする生徒たちの説得に出向いた郷家さんは、数百人に取り囲まれ、抗議される。

 「歴史は繰り返すのか」と、ため息が出た。

 郷家さんのエネルギーは、徐々に信仰に向かう。12年務めた教職を去り、牧師の道に入った。

 その傍らで、学生時代から関心をもっていた中国に毎年出向き、ボランティアで日本語を教え始めた。坂戸市で寄付を集め、中国に小学校を建設する活動にもかかわるようになった。

     ■  □

 宗教が政治にかかわることに、難しさを感じる。教会が所属する教団の広報紙に小泉首相の靖国神社参拝反対の記事が出ただけで、信徒から抗議があった。

 選挙で投票を欠かしたことはない。生徒憲章を自分たちの手で作り上げたように、選挙権も先人が苦労して獲得した歴史があると考えている。

 参院選では、憲法と教育問題に関心がある。力の弱い人にも優しい政治を望みたい。

 「狭き門より入れ」

 郷家さんは最近、自分が高校の卒業式の答辞で引用した聖書の言葉を思い出す。

 あのとき、生徒たちは、「苦闘しながら何かを勝ち取った」という思いを共感したはずだ。

 これまで政治に背を向けすぎていたのかもしれない。政治とどうかかわるか。今、もう一度考えている。

 (07/02)


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