2004参院選
 
時代の風とともに <政治の季節のあとに(6)>

 坂戸市にある高齢者グループホームでホーム長をしている藤縄善朗さん(52)は、参院選での投票を決めかねている。

 どこかの団体の支援を受けた候補は、その人でなくても代わりがきくように思える。

 政策や考え方はともかく、長野県の田中康夫知事や東京都の石原慎太郎知事のような「時代の風を身にまとった政治家」が、求められているのではないか。

    ■  □

 川越高校時代はベ平連に参加し、「反戦闘争委員会」というグループの委員長になった。

 本当に安保がいけないのか、今、振り返ると、よくわからなかった。あの時、自分を突き動かしたのは、結局、「時代」だったと思う。

 70年、制定されたばかりの「生徒憲章」を批判するビラを配った。安保条約延長を目前にした6月、デモに加わった生徒らを高校側がロックアウトした。藤縄さんらは校内へ突入を試みた。数日後、再び大きなデモを計画し、数百人の川高生も参加して、高校から川越駅まで歩いた。

 しかし、安保が延長されると学生運動の熱気は急速に冷めた。

 「本当は何も終わっていない」。卒業を間近に控えた11月、何かのけりをつけるように、藤縄さんは家出し、高校は中退した。

 大学検定を経て進学。「目立たぬように生きよう」と決意する。地元の鶴ケ島町(現鶴ケ島市)役場に就職し、町史の編集に携わった。

 ところが、次第に役所の仕事の不合理さに疑問を覚え始めた。政策担当者として、完成するメドがたたない区画整理事業の軌道修正を提案したら、翌年、その事業を担当する部署に回された。様々な課題が先延ばしにされていると実感した。

 そのころ、作家の故中上健次氏と知り合い、文化人との交流が始まった。定期的に作家や評論家、学者らを招き、座談会や講演会を開く「坂鶴文化フォーラム」を主宰し始めた。

 この間、政治に積極的にかかわることはなかった。投票に行かないこともあった。入れたい候補がいなかった。

 01年、退職を決意した。その年の秋、鶴ケ島市長選に立候補するためだ。「役所が抱える問題を目の当たりにした自分が立候補しなくて、だれが立つのか。投票したい候補がいないなら、自分で」と思った。

 自民、公明、連合埼玉が推薦し、3選を目指す現職に、何の組織もなく挑んだ。あちこちで、「あいつは過激派だから」と高校時代のことをあげつらわれた。気にせず街頭演説を続けた。「保守」と言われる友人や知人も応援してくれた。

 差は300票余り。惜敗だった。

    ■  □

 頭は左翼、ハートは右翼、人脈は保守、スタンスは市民派――。藤縄さんは最近、冗談めかして自分をこう表現する。

 35年前も、今も、自分の基本の部分は変わっていない、と思う。変わったのは時代の方で、自分はいつも、その求めに応じてきただけなのではないか。

 「戦争と革命の時代」は終わった。イラク戦争に反対するビラをまくこともあるが、軸足は地域に置くべきだと思っている。いかに地域の問題を解決するか。今は身近な「小さな政治」に興味がある。

 グループホームは、役所で福祉の仕事をしたころから構想をあたためていた。大きな老人ホームと違い、お年寄りと1対1で向き合える。

 グローバリズムは人間を幸せにしない。だとすれば、地域の中で一人ひとりが抱える課題に、直接向き合っていくことでしか、未来は見いだせないと思っている。

=おわり

 (07/04)


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