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12月01日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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基調講演

恩讐(おんしゅう)を超えて
~日中韓の地域連携と若者の役割~

姜 尚中氏(聖学院大学学長)

 かつて私は、東アジアが日中韓を中心にいろんな問題があっても相互依存関係が進み、自由に往来できる時がくることを夢に見たことがありました。国と国との関係も過去のしがらみ、葛藤や恩讐を超え、素晴らしい未来に向かうのではないかと。しかし、短期的には、日中韓の未来には暗雲がかかっています。

 

 そういうなかで、このキャンパスアジアのプログラムは、哲学や文学やヒューマンにかかわる人文学の力を柱に形づくられています。歴史を見ても人文学にはさまざまな問題を乗り越えていく力があります。

 

 私は過去の歴史から現在を逆調査し、そこから未来を描きたいと考え、日中韓から3人の人物を呼び出してみたいと思います。一人は夏目漱石です。漱石は日本が世界に台頭していく時代に、ロンドンに2年間留学しました。近代が持つ影を彼ほど見通した人物はいなかったと思います。無理を重ねて欧化、現代でいえばグローバル化を成し遂げていく国に対する疑念が、執筆の根本的な動機になっていたと思います。彼は、近代化による文明の発展が人間に心の病をもたらすことを自覚していました。私たちにとってグローバル化が避けられないように、近代化は避けられようもなく、「涙をのんで上滑りにすべっていかなければならない」と、話しています。

 漱石に影響を受けた魯迅(ろじん)は、現在の中国でも尊敬される人物です。医学を目指していた彼は、日露戦争のニュース映画に触れ、社会を直すのは文学であると決心し、文学の世界に入っていきました。日本、封建制にまどろむ中国、そしてヨーロッパ。さまざまなものを抱えながら、中国に大きな足跡を残しました。韓国の作家、李光洙(イ・グァンス)は、ある意味で韓国の漱石でした。民主主義者、モダニスト、ヒューマニスト、親日派の作家として弾劾された彼の青春は帝国主義の時代、植民地主義の時代、そしてナショナリズムの時代を生き抜きながら幾重にも引き裂かれ、非業の死を遂げました。

 3人は欧米人が味わうことのない屈折を抱えながら青春時代を送ったのです。日中韓は、自らの近代文明とはまったく異質の大きなインパクトを受け、いかに自立するかに苦闘しました。

 私はグローバル化とは、国境も民族も超え、社会の発展を促すものと考えていました。しかし、グローバル化は必ず過去を呼び出し、宗教、人種、民族、国家のアイデンティティはますます強くなっています。世界を同質化させて平面にしていく力と、遮断していく力が同時並行的に進むのがグローバル化であると考えるようになりました。漱石と魯迅と李光洙が悩んだ問題は、普遍的なテーマとして我々に突きつけられているのではないかと思います。

 グローバル化がはらむ問題を若者はしっかりと見渡し、3カ国の友好や協力関係を築いていかなければなりません。漱石は講演で、「国家的道徳は個人的道徳に比べると価値が低い。だから徳義心の高い個人主義に重きを置くほうが当然だ」と述べています。この姿勢が今の若者には必要です。国家が対立しても個人のモラルは国家のモラルよりも高い、その共通の認識を持つとき、はじめて人と人の交わり合いができ、人文学の力が発揮されるのではないかと思います。

 このキャンパスアジアに集まるような若者たちが、しっかりと自己本位に立ち、個性をいかしていく。そして「東アジア」という意識を持てば、日中韓に明るい未来が開かれると思います。

姜 尚中(カン・サンジュン)

1950年、熊本県生まれ。東京大学教授などを経て、現在聖学院大学学長、東京大学名誉教授。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍。著書は『オリエンタリズムの彼方へ』、『在日』、『悩む力』など。小説『母ーオモニー』、『心』を刊行。最新刊『心の力』。