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法政大学大学院キャリアデザイン学研究科
多様化してきた生き方・働き方を体系的に研究する、日本では初めての専門的な大学院

法政大学大学院キャリアデザイン学研究科長
宮城まり子 教授
大学新卒の短期一斉採用が「風物詩」となる反面で、日本人の働き方はかなり多様化してきた。正社員以外の雇用形態が増加するだけでなく、平均寿命の長期化から老後のライフスタイルも一様ではない。これまでは会社にすべてお任せだった生き方や働き方を、自分自身で創り上げていかなければならない時代に突入したといえるだろう。そんな動きをいちはやく先取りして2005年に誕生したのが、法政大学大学院キャリアデザイン学研究科だ。
「まだ歴史が浅い分野だけに取り組むべきテーマは豊富にあります。これまでになかった新分野を開拓して、専門家として活躍する修了生も珍しくありませんよ」と研究科長の宮城まり子教授は微笑む。
キャリアデザインを支援する高度専門職業人を養成
キャリアを仕事の実績や役職の変遷と狭義に認識する人もいるようだが、正しくは働き方も含めた生き方の総体を意味する。キャリアデザインとは、つまり個人がどのように働き、生きていくかという進路や方法の設計ということになる。
法政大学大学院キャリアデザイン学研究科は、その設計支援を行う専門職業人の育成を目指して、日本では初の大学院として2005年に誕生した。当初は同大学大学院経営学研究科に専攻として設置されたが、2013年4月から研究科として独立。より充実した研究体制となった。この経緯から分かるように、まだまだ歴史は浅いが、社会的なニーズが急速に高まってきた新興の学問分野といえるだろう。
「これまでは終身雇用・年功序列賃金を基本的なフレームとして会社が社員に関するすべての面倒をみてきましたが、もはやそんな環境ではありません。雇用の多様化に伴って個人の生き方の選択肢が増加したほか、会社側も社員の自立による生産性の向上を期待しており、どのようにキャリアをステップアップして、どのように生きていくかを自分自身で考えなければいけない時代になったのです」(宮城まり子研究科長、以下同)。
ちなみに、大学では1999年に登場したキャリアセンターが就職課に代わって初年次から学生に就業意識などを指導・育成。就職直前の付け焼き刃ではない本格的なキャリア教育を実施するようになった。これが全国の大学に普及したことから、2011年には大学設置基準に定められた教育義務となっている。このキャリア教育は大学生だけでなく高等学校でも実施されているが、前述したような雇用関係の多様化などを背景に、若年層に限らず、仕事を持つ社会人から定年後に至るまで必要なものといえるだろう。
たとえば昔ながらの仕事一筋も結構だが、会社が倒産すれば、生きがいのすべてを失ってしまうことになりかねない。そんな人のキャリアをどう支援するかということもこれからの切実な課題のひとつになるわけだ。
キャリア支援を行う専門職は、大学や高校、企業や公共団体などのキャリア支援の関係部署のほか、キャリアコンサルタントとして独立して活躍する人が増加している。キャリアデザイン学研究科は、主にそうしたキャリア支援に携わる人たちを高度専門職業人としてブラッシュアップする大学院なのである。
「職務経験は入学要件にはありませんが、学生のほとんどが社会人で、大学や高校のキャリア教育担当者やキャリアコンサルタント、キャリアカウンセラー、教職員はもちろん、企業の人事労務系も多く、近年は看護師さんも目立ちます。専門看護師という制度が始まったことから、看護師のキャリアステップを指導できる人が求められているからです。研究計画書のテーマも実に多彩であり、キャリアデザインに悩む人が少なくないことがうかがえます。自分のキャリア設計が明確であればあるほど精神的に強くなれるので、こうした専門職への期待はますます高まっていくのではないでしょうか」
教育学、心理学、経営学などを横断した、学際的な実学
このキャリアデザイン研究科の教育課程は、「キャリア教育発達プログラム」と「ビジネスキャリアプログラム」の2つの分野で構成されている。「キャリア教育発達プログラム」は、キャリア形成支援、生涯学習の視点からアプローチするもので、キャリア教育、相談など現場で活躍する専門職に向けたプログラムといえるだろう。
それに対して「ビジネスキャリアプログラム」は、組織の政策、制度の枠組みからアプローチするもので、企業の人事労務系管理職や行政の担当者向けといえるかもしれない。
いずれも、基礎科目(選択必修)=キャリア調査研究法基礎、量的調査法、質的調査法、共通科目(選択必修)=生涯発達心理学、教育心理学、産業・組織心理学、キャリアカウンセリング論、コミュニティとキャリア、をベースとして、これにプログラム科目、演習科目が加わるカリキュラムになっている。
修士論文が必修となっており、その研究に基づく関連学会や研究会などへの参加を通じて知見を深めるほか、修了生や若手研究者などとの相互交流も活発だ。企業の社員相談室の担当者を招き、どんな問題に直面しているかを話してもらう機会もあるという。
「キャリアデザイン学は、教育学、心理学、経営学、社会学を中心とした学際的な実学分野。このため各分野で優れた実績を持つ専任教員が結集しています。全員が修士論文の指導を担当しており、マンツーマンで対応。1年次秋、2年次春・秋と合計3回の研究発表会もありますが、指導教員だけでなく全教員が参加してコメントも加えることになっています。この修士論文を書き上げる過程で新しい専門分野を開拓。修了後に独立して活躍する人も珍しくありません。
たとえば『定年基礎力』をテーマにした社会人学生がいました。大学生の就活における『社会人基礎力』はよく知られていますが、シニアにも別の基礎力が必要ではないかと仮定。定年後も第一線で働く多数のシニアにインタビューして、その結果を4つの要素に集約したのです。彼自身も定年間近の年齢でしたから切迫感もあったのでしょうが、今ではNPOを立ち上げて、シニアの再就職に関する講演や指導などで大活躍しています。日本は少子高齢化で人口減少に直面していますから、60歳以降の元気なシニアもいろいろな形で社会参加していただく必要があります。そのほうが生きがいも得られますからね。ところが社会のほうはやっと定年制がなくなりつつある段階ですから、このギャップを埋めるような専門家ニーズの高まりに合致していたといえるでしょう」
週に1~2日+土曜終日授業で、仕事との並行でも修了は可能
参考までに、これまでの修士論文の主なテーマを紹介しておきたい。タイトルだけでも、多彩な研究内容が分かるはずだ。
●中高年のキャリアチェンジにおけるアイデンティティの変容プロセス(早期退職から再就職を経て現在に至るまでのアイデンティティの危機から再生への過程について社会構成主義の視点から考察する)
●キャリアプラトー現象における従業員のキャリア意識に影響する要因
●正社員女性の転職の現状分析-女性のキャリア形成の視点から-
●大学における発達障害学生の支援に関する学内連携・学外連携
●女性アナウンサーの人生におけるキャリアトランジションを通じた心理的変化とキャリア形成の変遷
●女性の昇進意欲におけるメンター制度の効果
●仕事と介護の両立-働く介護者の介護マネジメント分析-
●A社における「中高年期の危機」
●元Jリーグ選手のセカンドキャリアに関する研究
●大学キャリアセンター職員の業務と「専門性」
キャンパスはJR市ヶ谷駅または飯田橋駅から徒歩で約10分の超都心。授業も平日は午後6時半から2コマ連続で9時40分までなので、都内で働く社会人なら通学は困難ではない。しかも、基本的には週1~2日、加えて土曜日終日の授業で修了は十分に可能という。自分自身のキャリアアップはもちろん、他分野からのキャリアチェンジにも有望な分野といえるのではないだろうか。
「特に女性のキャリアは圧倒的に多様化しており、管理職はもちろん取締役や経営者も増加しています。それだけに彼女たちの出産・育児後のキャリアなど、課題や問題は少なくありません。障がい者のキャリアデザインにしても、社会的な認識も含めて本格的に取り組むべき時期だと思います。また、日本企業は活発に海外展開しており、グローバルな雇用環境における人事制度やキャリアデザインのあり方も今後は大きな課題になってくると思います。
こうした問題意識を持ち、新しい分野を積極的に開拓していく意欲を持った社会人に入学していただきたいですね。修了後はプロフェッショナルなキャリアコンサルタントとして活躍することも可能。そのための潤沢な人的ネットワークが得られるのも、この研究科の特長です。修了後も同窓会を兼ねた研究発表会を年に1回は実施しており、顔を合わせる機会も多いので、現場におけるキャリア指導にも厚みが出てくると思います」