私達は部活動として「快適かつ安全に走行できる電動車椅子の研究」「段差を上りやすいタイヤホイールの開発」というテーマでこの一年間研究を続けてきた。昨年11月に東京で開催された大会JSEC2004で文部科学大臣賞を受賞。研究が認められ非常に嬉しかったが、それからの半年間は大変だった。なにしろ次は日本代表としてアメリカで世界中の人の前でプレゼンテーションを行わなくてはならないからだ。大変だったのはやはり英語。自分が外国に行くことなど考えられず、英語など勉強しなくてもーと思っていた私はほとんど英語を理解していなかったからだ。助かったのはJSECが英会話教室に通わせてくれたこと。英語を勉強しながら研究を続けるのはとても大変だったが、部の仲間や多くの先生方の協力、JSECの先輩方のアドバイスもあって完成させることができた。非常に感謝しています。
5月8日、夢にまで見たアメリカへ。成田空港で日本代表の仲間達と合流する。ジャンルは違うがかなり高レベルな研究をしている同志。この半年間参加者それぞれに、やり遂げた達成感に満ちた顔々。賞より何より、この体験が今後の人生にとって大きな刺激や何かのきっかけとなれば良いとの思いで出発。
今年のISEFの開催地であるアリゾナ州フェニックスへ。気温30度、年間降水確率1%という砂漠地帯であるにもかかわらず湿気が全く無いせいか気持ちが良い。会場に到着すると当然ながら大勢の外国人。自己紹介やそれぞれの国のバッジの交換を行う。気付けば後輩や仲間達の服にも大量のバッジが。
2日目。会場へ行き私達のプレゼンブースの準備。落ち着いたところで周りの他国の研究を見て回る。私達の前にあるブースも車椅子の研究だ。スクリーンを用いた特徴的なブース。思わず見入ってしまうインパクトがある。それに分かりやすい。他にも木製等、洒落たデザインのブースも良く見られる。これは非常に勉強になる。その後ウェルカムパーティーでバッジ交換等、交流を深める。私は近くの机で得意の折り紙を使い、ここぞと日本を紹介する。その後は超大規模なオープニングセレモニーで会場のテンションは最高潮。舞台の上の司会者に合わせ皆が立ったり手を振ったり、まるでコンサート会場のようだ。英語がうまく聞き取れない私も周りに合わせて盛り上がる。
3日目は本番さながらにプレゼンの練習。始めて外国人に説明する。思っていたより英語が通じるものだ。この日はアジレント・テクノロジー社のホームパーティーに招待された。とても光栄。おいしい食事の御礼に日本の文化、折り紙をここでも紹介。どうやら折り紙は世界共通語らしい。みなさん大変興味をもたれる。後はバスで移動してパーティー会場へ。私達はバッジ交換や名刺交換をし、英語で自己紹介やお互いの研究について話し合う。いろいろな国の友達ができるのはとても嬉しい事だ。日常英会話をもっと勉強するべきだったと後悔。
そしてついに審査の日。このために半年間努力してきたのだから気合を入れて臨まなくては。さすが会場内も緊迫した雰囲気。審査員は15分毎に研究を見に来られる。私達のブースには合計10人の審査員が来られた。緊張のあまりいくつかの失敗も少しあったが、私達が伝えたい事は全て言うことが出来た。大満足。審査会の後は一般公開。多くの人に見てもらうためには周りの研究より目立たないといけない。音楽、ムービーを流して注目を集める。審査時でも一般公開でも模型実演時の反応は抜群だ。一度説明を聞いた後に友達を連れてもう一度来てくれる人もいて、常に人だかりができた。これはとても嬉しかった。
結果発表の日、受賞は3度に分けて行われた。最初の企業賞、次のガバメント賞。これら2つで私達の研究が呼ばれる事は無かった。このまま終るのではないかと思ったが最後の受賞式、ついに私達の名が呼ばれた。エンジニア部門3位。私達の行ってきた研究が海外でも高く評価されたのだ。この瞬間の喜びは言葉では言い表せない。
英語も自信がつき、たくさんの友人もでき、折り紙も広められ、毎日が感動の連続。ノーベル賞受賞者の方々にも握手して頂いた。そしてなにより満足のいく発表ができ、このような名誉な賞を受賞することができた。ほんとに充実したすばらしい日々だった。
ISEFに参加した体験は、生涯忘れられることなく、かつこれからの私の人生の岐路に大きな影響を与えることは間違いないだろう。これを機にますます自身を向上させ、いろいろなことに挑戦していこうと肝に銘じた。 |