今、日本の科学技術教育は大きな変革期を迎えています。理科離れや理数系の学力低下が叫ばれるなか、生徒の個性や可能性を伸ばす新しい試みも積極的に行われています。日本の科学技術教育界のリーダー的存在として、生物学、化学、物理学の各国際オリンピックの日本大会を推進している小林興氏、伊藤卓氏、北原和夫氏が日本の科学技術教育について語り合いました。なお、先生方はJSEC2005の審査委員として活躍されています。


伊藤 現在の科学技術教育における最大の課題は、子供たちに学ぶ動機づけ、学ぶ意欲をいかにもたせるかだと思います。
北原 科学技術が高度に発達した今、身の回りのものと知識の間に大きなギャップがあることが学ぶ意欲がわかない一つの要因です。高度な理論を子供のもつ知識やイメージでうまく説明したり、生活上の経験と科学理論をうまく結びつけて教えるなどの工夫が求められます。
小林 科学することの楽しさ、喜びを体験でつかませることも大切です。そのためにはもっと授業で実験の時間を増やす必要があります。自然科学は机上の学習だけでは本当の理解はできません。仮説を立てて実験をすると、たいてい仮説と合わない結果が出る。そこでなぜうまくいかなかったのか、どこが間違っていたのかを考える。そのプロセスこそが科学であり、そこに科学の真の楽しさがあります。
伊藤 日本で実験の時間が少ないのは、理科の授業時間自体が先進国のなかでも少なく、受験のための勉強を優先せざるを得ないからです。高校の教育を変えるには、大学の入試制度から変える必要があるでしょう。
北原 ただ最近はSSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)からの無試験の推薦入試や、学力より熱意や意欲で選ぶAO入試などの試みも行われるようになってきました。
小林 自然科学は寝食を忘れて徹底的に取り組むくらいでないと物になりません。JSECの研究などもそうですが、基本的には自分のやりたいこと、興味があることをやるのが一番です。すべての教科をそつなくこなす秀才より、好きなことにとことんこだわるタイプのほうが伸びることも多い。大学入試ではペーパーテストより、本人の情熱や高校時代に行った実験、自由研究などをもっと評価するようにしていただきたいですね。
伊藤 生徒の個性や能力は一人ひとりまったく違います。日本の教育は今まで横並びでエリートを育てない方針でしたが、これからは個性や能力にあわせて子供の可能性をどんどん伸ばす教育が必要でしょう。
北原 今の若者は、発想力も思考力も素晴らしいものを持っています。自分が興味を感じ、面白いと感じるものに出合えれば、放っておいても伸びていきます。さらに大人がちょっと後押しをすれば、飛躍的に成長します。先日開催された物理オリンピックの日本大会では、中学3年生の生徒が何の予備知識もなしに相対性理論の難問を解いてしまい、驚かされました。
小林 今年行われた国際生物学オリンピックに、初めて日本から4人の高校生が参加しました。日本の生物教育は世界的にはかなりレベルが低く、遅れているにもかかわらず、彼らは見事に銅メダル2個を獲得しました。日本の高校生は、世界のトップを目指す力は十分あると実感しています。
伊藤 甲子園のように科学好きな子供たちが実力を試せる場をつくろうと、我々が化学オリンピックの国内大会を立ち上げたのは8年前でした。今ではこのイベントは、化学好きの子供たちにとって大きな励みと刺激になっています。
北原 優秀な科学者や技術者を育てるには、異なる国や分野、世代の人との交流で知的刺激や触発をうけることが不可欠です。科学コンテストでの他校の高校生との交流、サイエンス・パートナー・シップによる企業や大学の研究者による講義などは、生徒の目の輝きが違います。JSECの入賞者にはアメリカで開かれる国際大会「ISEF」で研究を発表する機会が与えられますが、若いうちに国際的な舞台に立つ経験は一生の財産となるでしょう。
伊藤 これからの時代は、科学者や技術者にますます高度なプレゼンテーション能力やコミュニケーション能力が求められます。そういった意味で、生徒が自分の研究を説明し、質疑応答を行うJSECの審査会は、非常に有意義だと思います。
北原 科学オリンピックやJSECなど、科学が好きで得意な子が力を発揮し、能力を試せる環境はかなり整ってきました。今後はそのすそ野を広げ、全体のレベルアップにつなげていくことが大切ですね。
小林 日本人全体の科学リテラシーを高めることも重要です。国立教育政策研究所の調査では、日本人の科学の基礎知識は14カ国中12位という結果が出ており、とても科学技術大国とはいえない状況です。
伊藤 科学的な対応が迫られる難問が山積する現代社会では、すべての人に科学全般にわたる知識が必要です。今、そのためのカリキュラムもさまざまに議論されています。また理科は、論理的な思考力を培ううえで最適な教科です。行政や現場の先生には、ぜひそのような意識ももっていただきたいと思います。
小林 ライフサイエンスにおける科学技術は日々、驚くほどの勢いで進歩しています。現場の教師を10年に一度くらいは大学で再教育するようなシステムづくりも必要ですね。
伊藤 NPOや企業のなかには、優れた教育プログラムやノウハウを持っているところも多くあります。そういった教育機関以外の組織との連携も、ますます進めていきたいですね。
小林 アメリカの企業は多額の奨学金を出すなど、大きな視野で科学教育を支援しています。日本の企業にもぜひ50年、100年先を見据えて学生に投資するような支援をお願いしたいと思います。そのことは翻って、市民や企業に大きな利益をもたらすことになると思います。
伊藤 最近は科学ショーや実験教室など、子供が身近で科学の楽しさを体験できるイベントも多く開催され、人気を呼んでいます。JSECのようなコンテストが、科学のお祭りとして全国的に行われるようになると楽しいですね。
北原 科学技術は単に生活を便利にするだけではなく、人々に感動や喜びを与えるものでもあります。市民みんなが科学を愛し、楽しさを共有できるような社会を作るための教育を目指したいですね。

国際生物学オリンピック日本委員会 http://www.jbo-info.jp/
全国高校化学グランプリ http://gp.csj.jp/
物理チャレンジ2005 http://www.wyp2005.jp/jp/challenge/


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