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昭和26年
「アトム」誕生
ある日、手塚治虫のもとに1通の手紙が届いた。当時、新しい漫画雑誌を模索していた光文社の月刊雑誌『少年』の編集部が手塚治虫に注目、連載を依頼してきたのだった。
最初、手塚治虫は「科学の進んだ話はどうだろう、《原子》の意味の《アトム》という言葉は響きがいいな。そうだ!
原子力を平和利用する国の話『アトム大陸』というのはどうだろうか」と提案。しかし、「大陸では話が大きすぎる」と編集部に難色を示され、彼は、どうにでもなれ!
という思いから「アトム大使」というタイトルだけを提案した。
それからが大変。編集部からはOKの返事がきたものの、何しろ内容もキャラクターも何も考えていなかったのだから。「アトム」が読者の前に姿を現したのは4回目、つまり「アトム大使」の連載がスタートしてから4カ月後のことだった。昭和26年の話である。 |
昭和27年
わき役から主役へ。「鉄腕アトム」誕生
「アトム大使」の連載も終了に近づいたある日、再び『少年』の編集部からの提案。
編集部「このアトムというロボットの少年を主人公に連載を描いてみませんか?」
手塚治虫「ロボットを主人公にですか? ロボットは機械的で冷たいですよ」
編集部「いや手塚さん、読者にはアトムは人間と同じ少年なんです。人間と同じ温かい心を持ち、泣き、笑い、怒ったりするキャラクターになるのです」
「アトム大使」は「鉄腕アトム」として新たにスタート、『少年』には昭和27年4月号から43年3月号まで連載された。 |
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昭和38年
日本初の国産テレビアニメーション「鉄腕アトム」登場
当時、日本のテレビで放送されていたアニメーションはアメリカ製だけで、「国産で週1本・30分のアニメーションをつくる」という手塚治虫の考えは、当時の常識では無謀とされた。虫プロダクションにしても、劇場用映画づくりの経験はあったものの、時間やクオリティーの問題などで企画段階でスタッフたちは難色を示した。しかし、止まっている絵をカメラワークによって動かす手法や同じ絵を何度も組み合わせて使う方法など、さまざまな手段が考案され、昭和38年1月1日、放送が開始された。
製作過程は決して順調ではなかったが、アニメーションの「鉄腕アトム」は昭和41年12月31日まで続き、視聴者から圧倒的な支持を得ることになる。 |
「鉄腕アトム」から「アストロボーイ」へ
アニメーション「鉄腕アトム」成功の喜びとともに、不可能を実現させたという誇りが生まれた虫プロダクションだったが、まだアニメーション製作を企業的に安定させるまでには至らなかった。そこで考案されたのが、アトムを商品化してその版権料で製作費を捻出することだった。考えた結果、手塚治虫は言った。「海外へフィルムを売ろう!」
文化・国民性の違いから生じるいろいろな問題を着実に解決し、「鉄腕アトム」は「アストロボーイ」とタイトルを変えて、アメリカ、ヨーロッパ、中国などで放送され、人気を得る。
映画監督スタンリー・キューブリックは、放送された「アストロボーイ」を見て、構想中だった「2001年宇宙の旅」の美術デザインを手塚治虫に依頼してきた。しかし、残念ながら手塚治虫のスケジュールが合わず実現しなかった。「鉄腕アトム」がアメリカのクリエーターたちに与えた影響は大きかった。 |
昭和55年
「鉄腕アトム」カラーで再び登場
昭和38年から41年までモノクロで放送された「鉄腕アトム」がカラー化されて再び登場したのは昭和55年10月1日のことだった。ストーリーもキャラクターも当世風に様変わりしたが、当時放送されていた「機動戦士ガンダム」などのロボットものに比べると、子どもたちの興味の対象にはならなかったようで、昭和56年12月23日、1年あまりで放送は終了してしまった。
ロボットとは人間と同格で、特殊な能力を使って人間を助けるピーターパンやスーパーマンのような存在である、と考えていた手塚治虫は世代の差を感じた。
◆手塚治虫によると
「人を乗せて、ボタンを押すと巨大ロボットが動き出して何か仕事をする。(中略)ロボット装置を使った機械をロボットというなら、ロボットの概念はかなりあいまいなものになってしまう。そういうことで本来のアトムという存在が今の子どもたちや若い人たちのロボットのイメージからかけ離れちゃったわけです」
「昔のアトムが持っていた空想性というのは、21世紀の日本の夢だったんです。ところが現実に21世紀はきてしまう。(中略)今、僕の頭の中にある建築を含めた未来都市像というのは、僕が生きている間には見られないもの、少なくとも今のアニメのスタッフでは絶対に拝めない世界を描かなきゃいけないわけです」 |
アトムの最後
テレビアニメーション「鉄腕アトム」の最終回は、アトムが地球を救うために爆弾とともに太陽に突入して消えていくというものだった。
漫画の「鉄腕アトム」は違うエピソードがある。2055年、アトムはロボット博物館の展示品となっていた。ロボットが人間を支配する世の中になっており、主人公・鉄皮丈夫は、人間の味方であったアトムを目覚めさせてロボットへの反抗の手助けを依頼する。アトムは「人間を守る」という約束を守り、ロボットを迎え撃つ。……が、アトムの最後は描かれていない。
◆手塚治虫によると
「これを描いた時代は急進的な学生運動がはやり、漫画や劇画の内容も暗くてニヒルなものが多く、それらの影響を多分に受けた作品です。いつ読み返しても、陰惨で、いやーな気分がします。アトムはほんのちょっと登場するだけですし、これがアトムの全作品の最後だとは思っていません」
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