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手塚治虫 漫画年史

1928年
11月3日、大阪府豊中市で誕生
1933年(4歳)
兵庫県宝塚市に引っ越す
1935年(6歳)
大阪教育大学教育学部附属池田小学校入学
1937年(8歳)
漫画を描き始める。「のらくろ」「ポパイ」などを盛んに模写
「生ちゃんの宇宙旅行」「ママー探偵物語」「ピンピン生ちゃん」などを鉛筆でノートに描いていた
1939年(10歳)
ペンネーム「手塚治虫」決定(最初は「おさむし」と読ませたが、1950年ごろから「おさむ」と読ませるようになった)
漫画の回覧誌を作り、多数の漫画を描く
[ヒゲオヤジ]誕生
1941年(12歳)
大阪府立北野中学校入学、美術部に所属
1945年(16歳)
大阪大学医学専門部入学
アニメーション映画「桃太郎 海の神兵」に感激、アニメーション作家を志す
毎日新聞社社長宛てに売り込みの手紙を書く
1946年(17歳)
[デビュー作]四コマ漫画「マアチャンの日記帳」連載開始(少國民新聞=現毎日小学生新聞)
学生劇団学友座に参加、役者もこなす
1947年(18歳)
酒井七馬原作・手塚治虫マンガ 長編マンガ「新宝島」刊行、40万部を売り尽くす
南部正太郎、武田将美と3人でスリー・マンガ・クラブ結成、上京して出版社に売り込む
アニメーション会社に就職を希望するが不採用となる
宝塚歌劇団の機関誌『歌劇』でレビュー記事、ルポ、イラスト等を書く
1948年(19歳)
「ロスト・ワールド」刊行
医学生と漫画家の二重生活が始まる
1949年(20歳)
「拳銃天使」のキスシーンにPTAや共産党が猛反発
東京と宝塚の二重生活が始まる
1950年(21歳)
「ジャングル大帝」連載開始(漫画少年)
1951年(22歳)
「アトム大使」連載開始(少年)
大阪大学附属病院でインターン生活始まる。医師国家試験に落ちる
東京児童漫画会に入会
1952年(23歳)
「鉄腕アトム」連載開始(少年)
新宿区四谷の八百屋の2階に下宿
医師国家試験合格
1953年(24歳)
豊島区椎名町のトキワ荘に転居
「リボンの騎士」連載開始(少女クラブ)
福井英一の「イガクリくん」に人気が集まり、スランプに陥る
1954年(25歳)
豊島区雑司が谷の並木ハウスに転居
12月…画家の部で年間所得第1位(年収217万円)となり話題になる
1955年(26歳)
連続ドラマ「リボンの騎士」放送開始(ラジオ東京)
初の成人漫画「第三帝国の崩壊」掲載(漫画讀本)
1957年(28歳)
「複眼魔人」の描写問題で一部のデパートが手塚漫画を不買宣言
岡山のPTAが手塚作品を含む漫画本を焼くなど、悪書追放ムードが高まる
渋谷区代々木初台に転居
1958年(29歳)
「ぴいこちゃん」「漫画生物学」で第3回小学館漫画賞受賞
アニメーションの初仕事映画「西遊記」原案構成、演出を担当(東映動画)
1959年(30歳)
10月…幼なじみの岡田悦子さんと結婚
「鉄腕アトム」開局番組でドラマ化(フジテレビ)
劇画ブームでノイローゼ気味になる








1960年(31歳)
練馬区富士見台に家を新築
北杜夫とアニメーション映画「シンドバッドの冒険」脚本に参加(東映動画)
1961年(32歳)
奈良県立医科大にて「異形精子細胞における膜構造の電子顕微鏡的研究」(タニシの精虫の研究)で医学博士の学位取得
手塚治虫プロダクション動画部設立
長男・眞さん誕生
「ふしぎな少年」ドラマ化(NHK)
「ごめんねママ」ドラマ化(TBS)
1962年(33歳)
株式会社虫プロダクション発足
虫プロ第1作・実験アニメーション「ある街角の物語」完成
虫プロ第1回作品発表会で「おす」「鉄腕アトム第1話」上映
アニメーション映画「わんわん忠臣蔵」絵コンテ制作(東映動画)
1963年(34歳)
日本初のテレビアニメーション「鉄腕アトム」放送開始(フジテレビ)
「鉄腕アトム」が「アストロボーイ」のタイトルでアメリカNBCテレビが放送開始(後にイギリス、フランス、西ドイツ、オーストラリア、台湾、香港、タイ、フィリピン等でも放送)
「ある街角の物語」芸術祭奨励賞、毎日映画コンクール大藤信郎賞、ブルーリボン教育文化映画賞受賞
1964年(35歳)
産経新聞の特派員としてニューヨーク世界博に行き、ウォルト・ディズニーと会う
長女・るみ子さん誕生
漫画集団同人となる
「鉄腕アトム」第2回テレビ記者会賞特別賞受賞
虫プロダクション友の会発足
1965年(36歳)
「鉄腕アトム」厚生大臣児童福祉文化賞受賞
アメリカ、ヨーロッパへ旅行。UPAスタジオ、ハンナ・バーベラ・プロなどを訪問
日本初カラーテレビアニメーション「ジャングル大帝」放送開始(フジテレビ)
1966年(37歳)
「ジャングル大帝」第4回テレビ記者会賞特別賞受賞
虫プロ商事発足
実験アニメーション「展覧会の絵」公開
特撮テレビ映画「マグマ大使」放送開始(フジテレビ)
「鉄腕アトム」がプロ野球集団サンケイ・アトムズ(後のヤクルト・アトムズ)のシンボルマークに採用される
1967年(38歳)
雑誌『COM』創刊、「火の鳥」連載開始
「展覧会の絵」芸術祭奨励賞、毎日映画コンクール大藤信郎賞、ブルーリボン教育文化映画賞、アジア映画祭動画部門賞受賞
アニメーション映画「ジャングル大帝」ベネチア国際映画祭サンマルコ銀獅子賞受賞
「鉄腕アトム」ほか諸作品で放送批評懇談会ギャラクシー賞受賞
テレビアニメーション「新ジャングル大帝進め! レオ」日本テレフィルム技術賞受賞
漫画集団の世界一周旅行に参加、モントリオール万国博を見学
1968年(39歳)
マンガ制作のため株式会社手塚プロダクションを設立
1969年(40歳)
アニメーション「どろろ」放送開始(フジテレビ)
長編アニメーション映画「千夜一夜物語」公開、大ヒット
次女・千以子さん誕生
1970年(41歳)
「火の鳥」講談社出版文化賞(児童まんが部門)受賞
大阪万国博でフジパンロボット館をプロデュース
アニメーション「やさしいライオン」毎日映画コンクール大藤信郎賞受賞
手塚プロ製作テレビアニメーション「ふしぎなメルモ」放送開始(朝日放送)
1973年(44歳)
虫プロ商事、虫プロダクション倒産
沖縄海洋博のアクアポリス展示プロデュースを引き受ける(開幕75年)
1974年(45歳)
杉並区下井草へ転居
1975年(46歳)
「ブッダ」「動物つれづれ草」文春漫画賞受賞
「ブラック・ジャック」日本漫画家協会特別賞受賞
1977年(48歳)
「三つ目がとおる」「ブラック・ジャック」講談社漫画賞受賞
「手塚治虫漫画全集全300巻」刊行開始(講談社)
「ブラック・ジャック」のひとつのエピソード、春一番が「瞳の中の訪問者」というタイトルで映画化(東宝)
メキシコ、ペルー、イースター島などへ取材旅行
1978年(49歳)
初の2時間スペシャルテレビアニメーション「バンダーブック」放送(日本テレビ)
「火の鳥 黎明編」実写とアニメーションの合成で映画化(東宝)
「ジャングル大帝」の主人公レオが西武ライオンズのシンボルマークに採用される
日本アニメーション協会の初代会長に就任
1979年(50歳)
児童マンガの開拓と実績により巌谷小波文藝賞受賞

1980年(51歳)
長編アニメーション映画「火の鳥2772」公開(東宝系)
「火の鳥2772」ラスベガス映画祭動画部門賞、サンディエゴ・コミック・コンベンション・インクポット賞受賞
国際交流基金のマンガ大使として渡米、国連本部、全米の大学で現代日本のマンガ文化について講演
「鉄腕アトム」が「鉄臀阿童木」というタイトルで中国で放送
東久留米市に転居
1981年(52歳)
アニメーション映画「ユニコ」公開(サンリオ映画製作)
「ブラック・ジャック」ドラマ化(テレビ朝日)
1983年(54歳)
アニメーション映画「ユニコ魔法の島へ」公開(サンリオ映画製作)
「鉄腕アトム」の創造で日本文化デザイン賞受賞
科学万博のマスコットマーク選定委員長に就任
85年ユニバーシアードのマスコット「ユニタン」をデザイン
手塚治虫マンガ家生活40周年記念「手塚治虫の40年展」全国各地で開催
1984年(55歳)
「陽だまりの樹」第29回小学館漫画賞(青年・一般向け部門)受賞
実験アニメーション「ジャンピング」完成
「ジャンピング」ザクレブ国際アニメーション映画祭グランプリ、ユネスコ賞受賞
「手塚治虫漫画全集 全300巻」完結(講談社)
1985年(56歳)
「手塚治虫漫画全集 全300巻」講談社漫画賞特別賞受賞
実験アニメーション「おんぼろフィルム」完成
「おんぼろフィルム」第1回広島国際アニメーション映画祭グランプリ、バルナ国際アニメーション映画祭カテゴリー部門最優秀賞受賞
「ジャンピング」バリャドリド国際アニメーション映画祭銀穂賞受賞
長年にわたるアニメーション映画製作の功労により第1回東京国際映画祭テラ・ピナアニメフェスティバルで表彰
東京都民文化栄誉章受賞
1988年(59歳)
戦後マンガとアニメーション界における創造的な業績により朝日賞受賞
「森の伝説」毎日映画コンクール大藤信郎賞、ザクレブ国際アニメーション映画祭CIFEJ賞(青少年映画賞)受賞
3月…入院・手術(胃癌のため)
4月…埼玉県新座市にスタジオ完成、手塚プロの製作部門移転
11月…上海国際アニメーション映画祭の審査のため中国へ
帰国後、再手術
1989年(60歳)
2月9日逝去
【没後】
1989年
勲三等瑞宝章叙勲
3月2日…青山葬儀所で葬儀、1万人のファンが見送る
長年にわたるテレビ映像への貢献によりATP賞受賞
第10回日本SF大賞特別賞受賞
テレビアニメーション「青いブリンク」放送開始(NHK)
テレビアニメーション「ジャングル大帝」放送開始(テレビ東京)
1990年
日本漫画家協会賞文部大臣賞受賞
「手塚治虫展」開催(東京国立近代美術館)
テレビアニメーション「三つ目がとおる」放送開始(テレビ東京)
韓国で「ブッダ」刊行
1991年
「ぴあ」第19回ぴあテンART部門「手塚治虫展」第1位
手塚プロダクション中国現地法人、北京写楽美術芸術品有限公司設立
1992年
文庫判「アドルフに告ぐ」出版
舞台「陽だまりの樹」上演(セゾン劇場)
1993年
オリジナルビデオアニメーション「ブラック・ジャック」「マグマ大使」発売開始
ラジオドラマスペシャル「アドルフに告ぐ」放送(TBSラジオ)、ギャラクシー賞受賞
「わたしのアトム」展開催(ラフォーレ原宿)
連続ラジオドラマ「ブラック・ジャック」放送開始(TBSラジオ)
1994年
舞台「アドルフに告ぐ」上演(俳優座)
宝塚歌劇団花組「ブラック・ジャック」、グランドショー「火の鳥」上演
宝塚市立「手塚治虫記念館」オープン
音楽劇「火の鳥」上演(日生劇場)
1995年
台湾で「手塚治虫展」開催
菩提寺にマンガ記念碑建立
阪神・淡路大震災の復興シンボルとして「火の鳥」が採用される
「手塚治虫・過去と未来のイメージ展」開催(新宿・伊勢丹)
1996年
大型テーマパーク「手塚治虫ワールド研究会」発足
「手塚治虫劇場」放送開始(WOWOW)
実写ビデオ「ブラック・ジャック」発売
ローマで「手塚治虫展」開催
手塚プロオフィシャルホームページ開設
アニメーション映画「ブラック・ジャック」公開(松竹系)
「ブラック・ジャック」毎日映画コンクールアニメーション大賞受賞
1997年
手塚治虫記念切手発売
テレビアニメーション「聖書物語」放送開始(WOWOW)
北京写楽スタジオオープン
6月…朝日新聞社主催「第1回手塚治虫文化賞」贈呈式(帝国ホテルにて)
アニメーション映画「ジャングル大帝」公開(松竹系)
「手塚治虫漫画全集 全400巻」完結
1998年
手塚治虫生誕70年/手塚プロダクション設立30周年パーティー「手塚治虫100年祭」開催
手塚治虫生誕70年記念特別番組「オサムシを訪ねて」放送
(WOWOW)
期間限定の手塚グッズ専門店「手塚治虫ワールドショップ」オープン(東京・秋葉原)
音楽劇「ブッダ」上演(新国立劇場)
「手塚治虫スペシャル」放送
1999年
「手塚治虫・世紀末へのメッセージ」放送(NHK)
ふみカード「手塚治虫コレクション」発売
ドラマ「永遠のアトム 手塚治虫物語」放送(テレビ東京開局35周年記念番組)
ビデオ「手塚治虫の世界 全3巻」発売(紀伊國屋書店)
「手塚治虫エンタテインメントスクエア」オープン(東京・初台)
「手塚治虫ワールド」オープン(京都)
「手塚治虫の宇宙 W3(ワンダースリー)〜 銀河連盟の使者〜」上映(京都・文化パルク城陽プラネタリウム)
2000年用お年玉年賀はがきに「鉄腕アトム」登場
「火の鳥」ラジオドラマ化(文化放送)
テレビアニメーション「アニメスペシャル21世紀オールスターズ手塚治虫アカデミー賞」放送(TBS)




2000年
映画「ガラスの脳」上映(テアトル新宿ほか)
原画を版画に復刻した「新生 手塚治虫展」開催(有楽町阪急)
実写版「ブラック・ジャック」春のドラマスペシャルとして放送(TBS)
テレビアニメーション「陽だまりの樹」放送開始(日本テレビ)
実写ドラマ「手塚治虫劇場」放送(テレビ朝日)
舞台「七色インコ」上演(赤坂アクトシアター)
アメリカ・コロムビア・ピクチャーズにより実写版「鉄腕アトム」映画化決定、2003年夏公開予定
「ぼくのそんごくう」アニメーション映画化決定、2002年公開予定
2001年
6月…アニメーション映画「メトロポリス」上映(東宝洋画系)
 


(C)Tezuka Production

手塚治虫は生涯で漫画原稿約15万枚 アニメーション60余作品を残した



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