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設問分析について
 小論文の答案を書く際に君たちが意外に軽視しているのが、設問と課題文の関係である。小論文は自分の考えを書くものだから、課題文を読んでぱっと思いついたことを書いてしまいやすい。そうすると大体300字か400字ぐらいで書くことがなくなってしまい、同じことをくりかえすか話題を転換してしまう。

 小論文を書く際に設問をきちんと読み解くことが一番最初の作業である。それから課題文を読み、発想のメモをつくる。小論文で設問が重要なのは、小論文といえども受験科目の一環だから問いにちゃんと答えなければ解答にならないというだけではない。設問が君たちに問題意識を投げ掛けているからである。その問題意識にどう答えるか、これが発想の出発点なのである。その意味で駿台論文科では「設問分析」が重要だといつも授業で教えている。

 設問を分析する時には、課題文の性格もあわせて考えてみる。設問で君たちに要求されている課題と、課題文はどういうふうに関係しているのだろうかを見極めることが大事だ。課題文の主張にたいしてYES・NOを言うYES・NO型か、それとも課題文の内容は参考にしたり比較にしたりする材料で、君たちがもっている社会への知識をつけたす必要がある問題なのか。

 今回は設問が「次の記事を読み参考にして、『制服のあり方や役割』についてあなたの考えを論じなさい」となっている。ここでなぜ「参考」なのかを考えてみよう。記事はドイツでの制服導入の話である。ではドイツでの制服導入が論じるべきテーマなのだろうか。とくに指示はないが、「制服のあり方や役割」というテーマで考えるべきは日本における制服のあり方や役割についてである。だがその参考に、これまで制服導入に消極的だったドイツでの導入のいきさつや、なぜ制服導入に消極的だったのかその理由や、制服をどのようにとらえているかなどを比較の材料として使いなさい、というのが出題の意図なのである。
読解
 では記事にはどのような内容が書かれているか。かんたんにまとめておこう。たえず日本との比較をしながら考えていくとよい。
  ドイツ 日本
戦前との関係 ナチスは国への忠誠心を養うためとして若者をヒットラー・ユーゲントなどに組織し、威圧的な制服姿はその象徴となった。

ナチス時代の教訓から戦後、制服はタブー視された。
戦前の軍国主義下の日本でも制服や規律は強調されたが、社会全体に制服が浸透していたため特に制服が威圧的ということはなかった。

戦後の日本の学校でも一部を除き制服は一般的だった。
導入のいきさつ 子どもたちの連帯感を高めるため
都市部で進む「学校荒廃」への対策
背景−移民の増大・貧富の格差拡大
事例
子どもたちがブランド物の服を欲しがり、もっていないと仲間はずれになる
移民系児童がグループ化するのを心配する声
ブランド物の服の盗難事件
日本がまだ貧しかったころ(高度成長以前)には、貧しい家庭の児童と豊かな家庭の児童では私服にすると格差があるという声が制服肯定のひとつの理由だった。
日本では現在格差が増大しつつある。

日本では制服を「工夫」することによってグループ化することがあった。
肯定・否定の声 生徒
おそろいですてき
みんなが似合うとはかぎらない
リンデン校の児童と保護者
保護者の75%、児童の90%以上が賛成。
反対の理由としては、似合わない、子どもが恥ずかしがる、個性が失われるなど。
校長は、仲間意識を高め、協力し合う姿勢を養う。
シュピーゲル誌の編集者
制服は問題解決の糸口にすぎない、大戦の教訓が軽んじられては本末転倒だ、丁寧に、慎重に。
ドイツでの肯定・否定の理由を自分なりに肯けるか肯けないか、考えてみる。

ここであげられた理由以外にも、制服の役割や意味、制服を否定する理由などを思いつくかどうか考えてみる。
導入の実際 リンデン校
私服登校、スカーフ着用も認めている(強制ではない)。
写真でわかるようにジャージに近い上着で、ズボンやスカートなどはまちまち。
首都(ベルリン)の公立校では東西統一後はじめて。
各地での動き
ベルリン−制服着用の私立学校が開校。
西部−学校として決定すれば制服を「推奨」できるという条文を加えた。
ハンブルグ−基幹学校が制服を導入して落ちいた学習環境が生まれ、導入を積極的に支援し始めた。
日本の制服の実際については君たち自身がある程度知っているだろう。小学校では小中一貫校や私立小をのぞいて制服はほとんどなく、逆に中学校では制服がほとんどである。また高校でも一部の都立校などをのぞいて制服を採用している高校が圧倒的である。だが日本での制服、特に女子の制服は昔風のセーラー服から、大きく変わっている。今では制服をデザイナーに依頼し生徒募集の要因としている学校も多くなった。
また大人の世界でいうと、日本は社会で制服が採用されている比率がかなり大きい国のひとつである。
発想のヒント
 さて課題文の内容を整理しつつ日本の制服の現状と比較しながら、どの程度のことを発想できただろうか。世界的に見て、中学校・高校での制服採用率では日本は突出した国だったが、治安の悪化などの理由によって、制服を採用する国も増えつつある。ドイツでは移民の増加がその一因になっていると記事には述べてあった。ただ日本を除けばいわゆる「先進国」では、制服は日本ほど「強制的」なものではないし、逆に社会主義国家では制服を採用している国は多い。君たちも中国、北朝鮮などの映像で見たことがあるかもしれない。

 こういった世界の制服に関する現状も、知っていれば材料になる。課題文を読めば、「制服」には一定の効用があることがわかる。だが、日本の現状と比較しつつ、制服の役割や意味を問い直し、自分なりの考えを述べる、すなわち論じることを求めたのが設問である。

 論じる際には、自分なりの観点が必要である。すなわち、学校とはどういう場所か、学校では個人の自由(課題文では「個性」)と、規律や一体感のどちらを重んじるべきか、などなど、学校という場所をどう考えるかが、論述の背景になくてなはならない。

 制服の採用自体にNOを唱えてもよい。その際には制服には一定の効用があることにたいして「もっと重要なのは〜〜である」といった反論を加える必要がある。制服の効用を認めたとしても、どういうふうに採用し、位置づけるかにはいろいろな議論があるだろう。ドイツにおいては制服は強制ではなく、「推奨」されるものだということも課題文から読みとってみよう。また制服にたいする反対論としてナチスの問題が書かれていることもうまく使えれば、おもしろい論文になる。制服の一体感を高めるという効用は、ナチスや戦前の軍国主義的な忠誠心につながる可能性もあるという考えがそこから生じるからだ。

 設問は「参考にして」と言っているのだから、議論の幅は広い出題である。またドイツにおいて、制服を導入する動きが日本の小学校にあたる基幹学校で顕著だということも、日本とドイツの比較という点ではおもしろい観点である。また日本の学校における制服のあり方について述べる時には、日本の教育が抱えている問題、たとえばいじめなどに言及するのもよい発想である。制服を採用すれば一体感が高まるはずなのに、制服を採用している日本の学校ではいじめが多発しているのはなぜか、あるいはいじめがどこの社会でも存在する現象だとしても自殺にまでつながるいじめがなくならないのはなぜかという問いをもつのもよい発想である。なるべく課題文に言及しながら、自分の議論を展開していくと、中身のある答案になる。それが「参考にして」という設問であっても課題文の利用の仕方である。
解答例1
 この記事はドイツの基幹学校における制服導入の動きについて述べたものである。私はたしかに制服には一定の役割があると思う。それは記事にもあるように、生徒の間の一体感を高めるという役割である。もちろん生徒のなかには「似合わない」と思う生徒もいるだろう。だが個人個人が似合うか似合わないかではなく、学校の「みんな」が一緒の服を着る喜びが、制服の効用である。記事に紹介されたリンデン校で多くの児童が制服の導入に賛成の意志表示をしているのも、制服の効用の実例にほかならない。

 しかし、記事にあるように制服の導入は「糸口」にすぎない。たとえば中学校・高校での制服の採用が一般化している日本では、「いじめ」による自殺がたえない。制服を採用しただけで生徒の間の一体感がすぐに高まるわけではないのである。たしかに制服の採用によって、生徒の間では「同じ学校の生徒だ」という意識はできるだろう。だが、「同じ学校の生徒」だからいじめるという現象も存在しうるのである。どの国でもいじめに類する現象はあるだろうが、ドイツでは日本のようないじめによる自殺が多発しているといった報道は聞いたことがない。

 それは日本では逆に「みんなといっしょ」ということが強調されすぎているからだ思う。制服の導入は学校が荒廃し学校のなかから一体感が薄れたところでは必要であり、制服は生徒の一体感を高める。だがそこには余裕が必要である。ドイツの学校では制服は強制ではなく、あくまで「推奨」されるものだという記述は注目すべきである。一体感が強調されすぎるところでは、逆にひどいいじめが生じる可能性もあるということを知るべきなのだ。あまりにも一体感や忠誠心が強調されるところでは、制服はかつてのナチスのヒットラー・ユーゲントのような威圧的な、あるいは束縛的なものになりかねないのである。
解答例2
 私は制服には大きな役割があると思う。それは記事が述べているように生徒の間の一体感を高めるだけではなく、自分の学校に誇りをもてるという効果である。ドイツだけではなく人種間の問題をかかえるアメリカでも、私立校などで制服を採用している例が増えていると聞く。

 ではなぜ中学校・高校における制服の採用率が圧倒的な日本で制服が生徒の間の一体感に結びつかないのか。ドイツと日本を比較すれば二つのヒントが得られる。記事で紹介されているリンデン校は日本の小学校にあたる基幹学校である。日本では中学校・高校ではほぼ制服であるのにたいし、ドイツでは基幹学校における制服の導入が検討されている。またドイツでの制服は強制ではない。

 私は日本でもむしろ小学校に制服があってもよいと思う。日本では中学校・高校における制服は、一体感を高めるというだけではなく学校管理という観点から採用されている側面がある。つまり、この制服を着ていればこの高校の生徒だとわかるから管理しやすいという発想である。制服が管理のためであってみれば、制服が自分の属している学校への誇りに結びつくどころか、校則に違反しないためにいやいや着るものになってしまう。したがって高校生たちはスカート丈を短くするためにさまざまな工夫をしたりするのだ。

 私は日本の学校における制服のとらえ方は逆転していると考える。一体感・規律と個性・自由には相反する側面がありその調和が必要である。幼いころにはまず一体感を高め、徐々に個性や趣味の範囲を認めていくというのが子どもの成長にそくした対応の仕方ではないだろうか。学校によって異なってよいと思うが、自分にある程度の責任を負える高校生ともなればもっと自由を認めてもよいのである。
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