――来年11月8日に150周年記念式典を開くそうですね。記念事業の目玉は何でしょうか。
安西 150周年事業を通じ、1)独立と協生の力を持つ世界のリーダーを育む 2)教育、研究、医療、社会貢献のすべての分野における世界のリーダーへと飛躍する 3)学ぶ志あるすべての人々に開かれた学塾となる――を目指し、国際社会に貢献していきたいと考えています。そこで、三田や日吉、信濃町、湘南などすべてのキャンパスで教育、研究、医療、社会貢献の分野で新しい姿をつくっていきたい。具体的なことは10年間かけてじっくり形にしていきます。
150年前の幕末のころ、福澤諭吉が門下生たちと「未来への先導者たらん」と志し、様々な取り組みを行ったことを改めて見つめ直し、我々も150年を機に、その使命感を心に刻み塾全体で新たな先導者づくりに取り組んでいきたいと考えています。
――150周年という日本最古の歴史を誇る慶應義塾の記念事業ですが、一般への認知度はいま一つという感じがします。
安西 確かに外へのアピールは十分でないことは否めないと思います。宣伝下手というか、内向きだという指摘には謙虚に耳を傾け、もっと知っていただく努力をしていく必要があると思います。このインタビューを受けたのは、そうした面を少しでも改善しようという意味もありますね(笑)。
――未来への先導者たらん、というテーマでいうと、先導者、リーダーはやはり一般市民に支えられてこそだと思います。その意味においても、もっと分かりやすく世間にアピールする必要があるではないですか。日本のなかでも慶應義塾という名前は有名だとは思いますが、何か遠い存在、東京の学校というイメージがしてしまいます。
安西 日吉キャンパスには保育園をつくります。また、公式大会を開くことができる公認の陸上競技場やプールを整備します。東京・渋谷から15分ほどの日吉駅のすぐ目の前に日吉キャンパスはありますが、そんな地の利の良いところにこうした施設を充実させることは、一般の方々にも分かっていただきやすい事業だと思います。ただ、こういうことだけをことさら強調したくはありません。やはり初等教育から高等教育までの一貫教育を長年実践し、蓄積してきた教育・研究の仕組みを21世紀にどう新たに構築していくかという本筋の事業をしっかり世の中に示していきたいと思います。
ただ、一方で、慶應義塾をもっと知っていただくために、今年の8月から1年かけて「学問のすゝめ21」と題した一般の方々向けの記念講演会を全国13都市で開催します。地域活性や環境問題、少子高齢化、国際関係など暮らしを取り巻く種々の課題をテーマに、慶應義塾の第一線の研究者と様々な分野で活躍する卒業生を講演者に議論してもらいます。加えて、福澤諭吉が生まれ、適塾で学んだゆかりの地である大阪に来年度、新たな拠点を開設し、遠隔セミナーや公開講座を実施し、産学連携を進めたいと思っています。
私学という枠のなかで各界に多彩な人材を輩出するなどこれだけの実績をあげている学校は他にないのではないか、という自負はあります。この実績を糧に、教育の新しい姿を示し、国際社会に貢献できるような多様な人材づくりを継続していきたい考えています。そう強く思うのは、いま日本は成熟した民主主義が根付いていけるかどうかの分岐点に立っているという認識があるからです。それを担う人材の育成が150周年の意義だとも思っています。
――日本が分岐点に立っているというわけですか。
安西 アジアのなかで、今の日本のような国はないと思います。1)民主政治が行われている 2)マーケットの透明性が確保されている 3)安全だ 4)ライフラインが信用できる 5)技術も信用できる 6)教育が行き届いている 7)日本文化が独自のものとしてキープされている 8)四季があって、海に囲まれた豊かな国土を持っている――などなど、ざっと挙げてみてもこれだけのすばらしさが日本にはあると思います。ただ、それらを実感している若者が少ないように思います。そうした利点をしっかり認識し、さらに推進していこう、世界に貢献しようという人材づくりを進めることが、成熟した民主主義を根付かせていく大切な要素です。こうした考えはだれに話してみても賛同を得ることができ正しい気がします。慶應義塾はそうした人材づくりに十分貢献できると考えています。
――そうした意味においても、大学・大学院だけではなく、100年を超える一貫教育の伝統を持つ慶應義塾には、新たな初等中等教育のモデルになるような活動が期待されます。
安西 そうですね。学力低下やモラルの低下だけではなく、いまの子どもたちはコミュニケーション能力が落ちており、体力もない、気力もない、あきっぽくてがまんができない、はたまた夢がないなどと指摘されています。そうしたことの原因の一つに大人の苦労が見えにくくなっていることがあるように思います。私も大人の一人として、また教育者として、こうした子どもたちを先導していくには、子どもたちが多くの大人に出合い、その人の苦労を知ることのできる機会を数多く設けることが大切だと考えています。子ども一人ひとりの潜在能力は多様で、そうした能力が表にあらわれるような場が与えられる、すなわちトレーニングできるチャンス、大人の苦労を実感できるようなを場を与えることができたならば、さきほど申し上げたような人材育成につながっていくと思います。慶應義塾では、委員会を設け、未来の初等中等教育のモデルの一つとなり得るような新しい学校の開設を検討し実現したいと考えています。
――そのためにも塾長自らが宣伝マンとなり、若者、子どもたちに直接語りかけるような場を設けることも一案ではないですか。
安西 そうですね。小中高校生に直接話しかけるような機会があればありがたいですね。以前こんなことがありました。OBから依頼があり、熊本で数百人の高校生の前で講演する機会を得ました。その中のある男子高校生が私に質問をしてくれまして、その縁でその高校生が慶應義塾を身近に感じてくれ、その後大学に入学してきてくれました。いまは野球部に入り、神宮で活躍しています。
――いままさに挙げられた熊本の高校生の例のように、塾長には児童・生徒たちに夢を与えられる力があるのですから、そうした機会をぜひ150周年記念事業のなかに組み入れて欲しいですね。
安西 私にそうした力があるとすればありがたい話だと思います。やはり子どもが成長する姿を見るのは無上の喜びです。私も教員なのでしょうね。ぜひそうした機会をつくることができるよう検討したいと思います。
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