「がん細胞は熱に弱い」という特性を生かした治療法が、がんに対する温熱療法であるハイパーサーミアだ。この治療装置の開発者でもある菅原努先生に特別寄稿を頂いた。
がん温熱療法に期待する
がんの温熱療法は電磁波を使って、がんの部位を加温する治療法ですが、以下に述べるように今までの治療法にない特徴があります。
がんは正常の体を作っている細胞の一部が謀反を起して、正常組織の構造を無視して勝手な増殖を始め、体そのものを壊して死にいたらせるものです。従ってこれに対する治療は、この悪性の細胞を選択的に除くことが目標になります。そこで手術でその塊(腫瘍)を取り除き、次いで放射線で焼き殺す方法が始められました。
その後細菌に対する抗生物質の成功に刺激されて、薬でがん細胞を選択的に殺す化学療法に期待が寄せられるようになったのです。私たちは30年以上前からこの中の放射線の効果を高める方法の開発を始め、温熱療法にその作用があることを認めてきました。そうして、1990年に放射線との併用について健康保険で採用されました。
その後さらに研究をすすめ、化学療法の作用を高めること、また温熱単独でも特に加温が十分であれば、効果があることが認められ、1996年に放射線との併用という制約がはずされたのです。
総合的な治療効果
開発の始めには、温熱でがん細胞を選択的に殺すことを目標にしていましたので、43度という、正常組織は損なわず、がん細胞だけを殺す加温を目指しました。アメリカなどでは今もこれを目標にしているようです。

しかし、その後、41度位でも腫瘍内の血流を増し、放射線や制がん剤の効果を高めることが分ってきました。また39〜41度で正常組織を加温すると免疫を高めること、さらにこのような加温が患者のQOL(生活の質)を高めるなど、総合的な治療効果が期待されることが多くの臨床経験を通じて明らかになってきたのです。
当初、がん細胞だけを狙う一刀流が、同時に免疫からも攻められるので二刀流になったといわれていたのですが、今では患者をさまざまな面から助ける千手観音がふさわしいと思っています。
望まれる温熱療法の体制整備
この温熱療法のために20年程前には国内外で、10種に近い治療装置が開発、販売されていましたが、臨床で使われているうちに自然に淘汰されて、我が国では現在は1種のみになってしまいました。それでもこの装置には、千手観音の手として治療の目的、がんの状態、患者の病状などに応じていろいろの効果が期待でき、記事左にもこれをがん治療に活用している病院の一部が紹介されています。もちろん今後、科学技術の進歩に応じてさらに新しい装置が開発されることを期待しています。
最近はがん化学療法の進歩が著しく、患者さんからもその効果に大きな期待が寄せられています。それらのほとんどすべてに温熱療法による効力増強が期待されますので、がん患者さんが、これらと併用していつでもどこにいても自由に温熱療法が受けられる体制の整備が必要だと思い、努力しているところです。
菅原 努(すがはら つとむ)
財団法人慢性疾患・リハビリテイション研究振興財団 理事長
京都大学名誉教授
京都大学医学部・大阪大学理学部卒業。1961年京都大学教授、以後同大学医学部長、国立京都病院長、財団法人体質研究会理事長などを歴任。1999年より現職。