人工関節置換術の適応
人間の尊厳やQOL(生活の質)が叫ばれる現代において、高齢化とともに多発するさまざまな骨関節疾患は重大な問題です。それらの代表的な疾患が変形性関節症や関節リウマチであり、根本的な原因解明や治療法の開発が進められていますが、今なお完治しないことが多いのが現状です。そうした中、痛みや歩行障害などに苦しんでいる方々にとって最近の人工関節医療の進歩は大きな福音となっています。
人工関節置換術は変形性関節症や関節リウマチなどで膝や股関節に高度の痛みや障害を持つ比較的高齢者が最もよい適応となります。
人工関節置換術の現状
対象になる関節としては股関節が最も多く、人工骨頭置換術を含めると年間7万例、次いで膝関節が年間5万例となっています。原因となる病気は変形性関節症、関節リウマチ、骨粗鬆症に伴う大腿骨頚部骨折などです。
これまでの人工関節は耐用年数や関節可動域制限、運動制限などの制約が多かったのですが、この40年間で人工関節のデザインや材質に関する研究が行われ、より活発なADL(日常動作)に耐えられる人工関節の開発が進められています。最近では術後成績も向上し、20年以上の良好な結果が期待されるようになってきました。
人工関節の主な合併症と対策
手術の合併症の中で怖いのが肺塞栓と感染です。肺塞栓というのは「エコノミークラス症候群」としても有名なもので、死に至ることもある重大な合併症です。予防法としては術後早期からの足首の運動、早期の離床に加えて薬の使用や足のポンプ、弾力ストッキングなどの装着が推奨されています。
最近では予防効果があるとされる注射薬も使われるようになってきました。また、人工関節手術時の感染率はクリーンルーム(無菌手術室)の普及などでおよそ1%以下となってきました。
人工関節という異物があると通常の手術より感染しやすく、また治りにくくなります。術後高熱が続いたり、患部に痛みが再発したりした場合には、傷を開けて洗浄するなどの早急な処置が必要です。感染は手術後数年以上経って起こることもあります。重い糖尿病や肝臓の病気、ステロイド剤を使用している関節リウマチでは感染の危険性が高いとされています。また直接的な原因としては歯科治療や肺炎などがありますが、このような場合にはそれぞれの主治医に人工関節手術を受けていることを申し出ることが重要です。
術後10年以上経ってから起こる合併症は人工関節のゆるみです。それまでは調子の良かった関節が痛み出したら要注意です。そのままにしておくと人工関節の周りの骨が破壊吸収されて再置換術という大手術となります。必ず定期的な検診を受けるとともに、もし痛みが出てきたら早めに受診することが必要です。
QOLを大幅に改善
20年前の人工関節置換術を受ける患者さんの最大の目的は、痛みが取れることでした。現在でも、「痛みがとれること」「夜ぐっすり眠れること」などが手術の目的であることに変わりはありませんが、加えて「きれいに歩きたい」「これまでの趣味やスポーツを続けたい」などが新たな目的になっています。
私たちが行ったQOL研究によれば、手術が終わったら何をしたいかとの質問には「旅行」が圧倒的に多いことが示されています。最近では農業や看護師、教師などの職場復帰のみならず、ゴルフや水泳などのスポーツ再開も可能となってきました。
特殊な症例の人工関節
人工関節の機能と手術技能が向上した最近では、これまであまり推奨されてこなかった特殊な病気に対する人工関節手術が行われるようになってきました。特殊なものとしては関節が固定されていたり、完全に脱臼していたり、破壊されている場合があります。数十年以上全く動かなかった関節が人工関節によって動くようになる可能性があります。
また、いわゆる先天性股関節脱臼で子どものころから足の長さが数cm以上短かった方が、人工関節置換術によってきれいに歩けるようになることも少なくありません。
特殊な手術として人工関節の入れ替え手術(再置換術)は特に重要です。最近では技術も人工関節材料も向上していますが、再置換術が難しい手術であることに変わりありません。特殊な症例や再置換術は経験豊富な熟練した整形外科医が勤務する病院で受けることが肝要です。
▲60年以上強直していた右膝関節に対する人工膝関節手術。
手術前はまったく動かなかったが、人工関節術後は90度動くようになった。
▲幼少時から完全に脱臼していた股関節に対する人工股関節手術。
術後は痛みが取れ、歩き方も改善した。身長は約6cm高くなった。
佛淵 孝夫(ほとけぶち たかお)
佐賀大学医学部整形外科 教授
1979年、九州大学医学部卒業。米国メイヨークリニック留学。
九州大学整形外科助教授などを経て、98年から現職