私が本日皮切りの演者ですので、まずはがんの総論を少しお話しさせていただいて、後半に外科治療のことをお話ししようと思います。 日本人がこれまでどういう病気で亡くなってきたかというと、戦前は結核に代表される感染症が日本人の死因の第1位でした。しかし1940年をすぎるごろから感染症はよくコントロールされてきて、代わって脳血管疾患が日本人の死因の第1位であった時代がしばらく続きました。そして昭和56年、1981年から悪性新生物――がんが日本人の死亡原因の第1位になり、まだ残念ながら増え続けている現状です。今、年間に30万人以上、3人に1人の方ががんで亡くなっています。 がんという病気は、がん遺伝子の活性化、あるいはがん抑制遺伝子の不活化、あるいはその組み合わせが起きた結果発生する病気であると考えられています。人間の体は約60兆個の細胞でできていると考えられており、その細胞の中心にある核の中には、全長約1メートルのDNAが入っている。そのDNAに乗った約3万個から4万個のなかに、がん遺伝子あるいはがん抑制遺伝子というものが現在100個くらい知られており、これはもっと増えていくだろうと考えられています。 日本人のがんは決して固定した病気ではなく、私たち日本人の遺伝的な背景は全然変わっていないのにもかかわらず、例えば30年とか40年という長い時間経過で日本人全体を眺めると、胃がんや、女性の場合は子宮頸(しきゅうけい)がんが減ってきています。代わって肺がん、大腸がん、乳がん、前立腺がんが増えてきている。特に肺がんの増加は著しいものがあります。これは一言で申しますと、私ども日本人のがんが西欧のがんのパターンに移行しつつあるということです。 では、がんの原因は何かということでありますが、いま学問の世界で信じられておりますのは、一つはたばこ、これが大体30%くらい寄与しているのではないかと考えられています。それから、食事が35%くらい。これは、塩辛い食事だとか、あぶらっこい食事だとか、いろいろなものがあります。そして、感染症、特にC型肝炎ウイルスとかB型肝炎ウイルスといったウイルス感染症が大体10%くらい。ヘリコバクターピロリという細菌と胃がんの関係なども取り沙汰されておりますが、合わせますと75%が、私どもの生活習慣に深く関係しているということが言えます。 がんとは、非常に長く時間がかかって発生する、しかも少なくとも2つの段階を経て発生する病気です。たとえば、マウスの皮膚がんの発生に、DMBAという非常に強力な物質を1回塗っただけではがんは発生しないのですが、これを塗り続けますと、マウスの年齢にして相当の高齢になった40週、10カ月くらいたったとき、たくさんのがんができてきます。それから、TPAという本来発がん性のない物質を塗り続けてももちろんがんは発生しないのですが、これは発がん促進物質と言われていて、発がん物質を1回皮膚に塗った後、週2回ずつ発がん促進物質を塗りますと、10カ月たったころに累々と皮膚がんが発生してくる。この結果が私どもに伝えていることは、がんという病気は、少なくとも発がん物質でDNAが傷つくときと、それが促進されていく発がんの促進時期、その2つの時期があるということです。 では、人間のがんはどうかというと、多段階発がんモデル、今のモデルがもっと複雑になったものと捉えられています。一つの遺伝子の傷だけではなく、それが4つ、5つ、8つと積み重なった結果発生するのががん細胞で、それが増えてきた病気ががんということなのです。大事な点は、正常な細胞がある日突然がん細胞にポンと変わるのではなく、長い時間経過があって発生してくる。ちょうど多段階の階段を順番に上っていくようにがんが発生してくるという理解です。 それでは、これから外科療法についてお話ししたいと思います。がんの外科療法というのは局所療法の一つです。外科治療とは、後でお話のある放射線治療と並ぶ局所治療です。原発巣(げんぱつそう)――がんが発生した病巣を決してむき出しにしないで、一皮外側から取り除くということが、外科学の原則として非常に大事です。それから、がんがある程度広がりますと、周りのリンパ質に広がっていくことになりますが、そのリンパ質も一緒に取ってしまいます。外科療法はがん治療の中心ですが、同時に、これからお話のある化学療法あるいは放射線療法との併用も十分にあり得えます。 外科療法の内容には、低侵襲(ていしんしゅう)手術、その代表は内視鏡的な切除、あるいは体腔鏡(たいくうきょう)手術など、いろいろなものが出てきています。それから、患者さんの臓器が本来持っている機能をなるべく損なわないで治す「機能温存手術」という治療法もあります。さらに、このがんのときにはこのくらいの手術をするという標準的な手術があるわけですが、かなり進行しているがんで、性質によっては思い切って拡大手術すると治すことができるという場合には、拡大手術をします。ですから、標準的な手術と低侵襲、拡大手術と、がんの状況に応じてさまざまな使い分けがされているわけです。 たとえば日本人には胃がんが依然として多いわけですが、早期胃がんを見つけたときに、粘膜切除という方法で手術をしてしまうという方法があります。これも手術療法の大事な一つの手段です。胃の粘膜の表面にほとんど膨隆(ぼうりゅう)していない、塊をつくっていないがんがあったとしたとき、内視鏡の先端から注射針のようなものを胃の壁の中に差し込み、そこに生理食塩水を入れて膨らませて、隆起させます。そして別のチャンネルから牽引鉗子(けんいんかんし)を入れて、それでがんの部分をつまんでおき、スネアという細い針金のようなものを入れてがんの首の部分を締めつけて、高周波の電流を通じさせますと、スパッと切り取れるわけです。切り取ったものは、胃の中へ転がっていかないように鉗子でつまんで、内視鏡と一緒に取り出してしまいます。 ![]() いま、日本中で胃がんの大体半数は早期がんで見つかっています。その早期がんの約半数がこの内視鏡切除で治療することが可能になってきました。そうすると、仕事を1日も休むことなくがんを退治することができますし、ほとんど苦痛らしい苦痛を味わわないで治してしまうことができるのです。 また、機能温存手術は、クオリティー・オブ・ライフを尊重する治療法と言えます。たとえば足の骨肉腫でも、ただ足を切断してしまうのではなく、化学療法と手術の組み合わせで、人工関節を入れて、両足をちゃんと使って立てるようにすれば、生活の質が大きく違ってくるでしょう。 もう一つ別な例を示します。膀胱がんの場合、膀胱全摘――膀胱を全部取ってしまいますと、尿をためる袋がなくなりますが、その尿路の再建方法にはいろいろあります。昔はS状結腸吻合(けっちょうふんごう)というのがやられましたが、これはいろいろな生活に不便があります。しかし1950年ぐらいから、回腸導管といって、腸の一部を使ってお腹に袋を張って尿を集める方法になり、今もよく行われています。これは非常に安定した手術ですが、やはり体の外に尿をためなくてはいけないという不便があります。そこで、ご自分の腸を細工して袋をつくって、それに輸尿管を植えつけて、その一端を尿道に植えつけることで、膀胱を取った後も尿道から自然排尿できるという手術が開発されまして、私どももそれに関与しています。 さて、非常に駆け足でがんの外科療法についてお話ししました。これから化学療法や放射線の話もあるかと思いますが、多分今後は「集学的治療」が重要になってくると考えます。手術療法はやはりがん治療の主役ですが、がんが非常に早期であれば、手術前に化学療法を行う、あるいは放射線療法を行う、あるいはホルモンが効くがんの場合にはホルモン療法を行うことによって、場合によると手術なしでがんを治療できることもありますし、進行したがんの場合には、化学療法とか放射線療法、ホルモン療法をすることによってがんを小さくして、いきなり手術できないものを手術できるような状態にできる。あるいは縮小手術、あるいは究極的には手術をしないで済ますことが、可能性として幾つかのがんで出始めています。 そして、手術した場合には、切除した細胞を病理の先生によく調べていただいて、まだ治療が不十分だと考えられる場合には、手術の後にまた、化学療法なり放射線療法あるいはホルモン療法を組み合わせて、最終的にがんを完治することができるということを目指しています。手術療法はがん治療の中心でありますが、その中身は随分変わってきておりますし、私どもが今使える治療法のすべてを援用して患者さんを治す。そして、治すのだったらなるべく短期間にきれいに、肉体的あるいは経済的負担が少なく治すということが求められているという状況で、私どもはある程度それに応えることができるようになってきた時代だと考えています。
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