本日は、がん化学療法、つまりがんの薬物療法の話を、最近のトピックスを中心にお話し申し上げます。 化学療法とは、薬物によってがんの増殖や転移を抑えて、患者さんが立ち直り、長生きするような治療法を指します。進行がんになりますと、あちらこちらの臓器に転移現象が起こります。がんは大きくなりますと、表面あるいは中から出てきたがん細胞がリンパ流とか血流に乗り、あちらこちらの臓器に移ります。これががんの転移で、悪性のゆえんです。そして、こういうものを退治するのが薬物療法です。薬物で、しかも体を正常なまま、できたら正常の機能を損なわないような形で治療を行おうとするのです。 ![]()
「がんの薬は毒物だ」などという時代がかなり長くありました。それは正常な細胞とがん細胞の区別が難しかったことからきているのですが、そこでいま、新しいがん治療薬の研究が進められています。たとえば分子標的治療薬。聞き慣れない言葉かと思いますが、これはがんの増殖あるいは転移などを支配している分子を標的とした薬物であり、これを用いればいろいろな細胞が持っているDNAを直接たたかなくてもがんが治るのではないかという発想から、1980年代ごろから急激に発展してきた分野です。 がん化学療法は「治療」をどのような判断から行ってきたかをここでちょっと示しておきます。ある薬が出てきた場合、これががんに効くと言っている場合は、CRとかPRという言葉を聞かれたことがあると思いますが、がんの大きさが50%以上小さくなって、それが4週間以上か、4週間以内で終わってしまうか、これによって有効、無効、あるいは部分的な有効という判断をしています。今までは、20%から50%の効果があれば、これを使ってみようという有効性の判断をしてきました。しかし、がんは正常細胞ともよく似ているものですから、ある薬だけで治療していますと副作用が出てきますので、これを回避する方法が今一斉に世界的レベルで研究されています。それと、こういう薬が一つ出ましても、二つ以上を組み合わせたほうが有利だというのは、昔の話にあった3本の矢と同じように、1本の矢よりも組み合わせたほうが全体として強くなる。つまり、併用療法が選ばれる時代になりました。集学的――いろいろな治療方法を組み合わせて効果的に治療する時代になっています。しかし、この場合に大事なのは、社会生活に対する影響、心理的あるいは生理学的な影響、それから自分の生きがい、元気さ、社会へどうやったら復帰できるかという心構え、これらを全体的に評価するクオリティー・オブ・ライフの考え方です。新しい薬が出ますと、これらを評価しながら、さらに的確に患者さんのがん治療に役に立つ薬を見つけようという努力が始められています。 いま、標準的化学療法を使おうということがよく言われるのですが、標準的化学療法がすべてのがんに当てはまるわけではありません。世界的なコンセンサスが必要とされます。安全性や効果が十分に確認されていることが標準的化学療法の決め手になるわけでして、これになるだろうと思われる治療法が、肺がんにせよ、大腸がんにせよ、それから前立腺がんにしろ、今いろいろ発表され、その効力あるいは安全性について競っているわけです。
先ほど垣添先生が、がんが見つかったときはまず外科で、というお話をされました。たしかに、大きながんを取り去ることが何よりも大事なことです。そして化学療法は、これを助ける立場にもあります。たとえば手術の前に薬物治療を行う「術前化学療法」、英語ではneo-adjuvantと言っておりますが、これによってがんを小さくしてから手術を行う。あるいは、手術した後で、がん細胞が少し残っているかもしれませんので、それを始末して転移・再発を抑えようという努力、これを補助化学療法と言っております。特に術後の補助化学療法が非常に大事ではないかと思う成績が得られたので、次にご紹介いたします。 新しいがんの化学療法はどのような考えに基づいているのでしょうか。これを的確に表わす言葉に「テーラーメイド」というものがあります。テーラーメイドというと仕立屋の話ですから、不思議に思われる方もいるかもしれませんが、これはアメリカの医師が使い始めた言葉で、薬物に対する反応性は非常に個人差が大きいから、テーラーメイドのように、つまり一人一人に見合った治療をするべきではないかというものです。これは個の総体解析、個別化医療とも呼ばれます。 ![]()
加えて、先ほど申し上げた分子標的治療薬も重要です。分子標的治療薬とは、がんができたり、増殖したり、あちらこちらに広がったりするときに、遺伝子の情報でできる分子を攻撃する薬のことです。
近未来に新しいがん治療法が現れる可能性は非常に大きいです。遺伝子治療の例としては非小細胞肺がんに対し、がんの抑制遺伝子を直接注入するという岡山大学の実験。また、腎臓がんに対し、Tリンパ球、がんをたたくリンパ球を導入する東大医科研の実験。それから、悪性の脳腫瘍グリオーマというがんに対してインターフェロンβというものを発現する遺伝子を導入する名古屋大学の実験などがあり、いずれもある程度の効果が報告されています。 最後に、遺伝子多型の問題に触れておきましょう。先ほど申し上げたように、人はそれぞれ遺伝子の形態や力が違います。一番卑近な例では、アルコールに強い方と弱い方。これも遺伝子の差です。生まれながらにアルコールを分解する酵素をたくさん持っている方と、分解する酵素の少ない方がいて、これがアルコールの強さを左右しているわけです。がんの薬に対しても、これを代謝、つまり無害なものに変えていくという力には個人差があります。たとえば5−フルオロウラシルという消化器がんなどに使う薬がありますが、これは個人差が10倍ぐらいある例が確認されています。だから、同じ量を使用しても効かない場合があるといわれます。そこでこれからの時代はやはり遺伝的な背景、この薬は本当にこの方に個別化医療として適切かどうか、これを考える時代になりました。 がん化学療法はいまや、がんの進行や転移を抑えて、クオリティー・オブ・ライフ――QOLを重視する治療に変わりました。そのために個別化医療が大事ではないか、こういう時代になってきました。
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