放射線治療学は、放射線医学の一つの分野であり、放射線腫瘍学とも呼ばれています。19世紀末の極めて重要な発見、特にマリー・キュリーによるラジウムの発見を契機として始まった分野です。放射線療法は、この放射線治療学の専門医が放射線技師と医学物理士、そして看護師と協力しながら行っています。
まずは放射能治療の仕組みをご説明します。放射線が細胞に当たりますと、DNAに傷がつきます。細胞は周期的な変化をしながら分裂しておりますが、その周期をいったんとめて傷を治そうとします。がん細胞は、放射線の影響を受けやすい上に、この傷を治す能力が小さいということもありまして、正常の細胞に比べると死にやすいという特性があります。この正常の細胞とがん細胞の違いをうまく利用しながら、がん組織に十分な放射線を当てますと、がんを治療することができるわけです。 それに対して、陽子線とか重粒子線というものは、ある深さでエネルギーの大部分を失って、そこでとまってしまう性質があります。これをブラッグ・ピークと呼んでおりますが、ブラッグ・ピークの位置は照射する放射線のエネルギーを変えることによって調節できます。したがって、がん病巣にブラッグ・ピークをうまく合わせることができれば、がん病巣にたくさんの放射線を当てて、その手前の正常組織の線量をできるだけ少なくする、また後ろには放射線が当たらないようにすることができるわけです。 今までお話ししたことでもおわかりいただけたと思いますが、放射線治療の基本は2つあります。1つは、病巣へ放射線を集中して、強力に破壊してがんを死滅させるということ。そして第2は、健常組織に当たる放射線をできるだけ少なくして、健常組織の障害、副作用を少なくするということです。そのためにいろいろな技術が開発されてきました。
ここで放射線治療の特徴をまとめてみたいと思います。垣添先生のお話にもありましたように、放射線治療は、手術と同じようにがんの局所治療法の一つです。ですから、局在しているがんの病巣に十分な放射線を当てることができれば、根治的な治療が可能です。一方、全身に広がったがんの治療には向いていません。しかし、その場合にも、症状を緩和する治療を施すことはできます。例えば、強い痛みを起こす病巣がわかっている場合には、その病巣に放射線を当てることで痛みを和らげるという治療法もあるわけです。 日本では、現在約700の施設で450人ほどの放射線治療医が、毎年13万人ぐらいの新しい患者さんの放射線治療を行っています。米国の放射線治療と比べてみますと、米国の人口は日本の人口の約2倍ですので、日本は米国の2分の1ぐらいというのが一般的な適切な比率かと思いますが、治療医は米国の約5分の1、医学物理士に至っては100分の1という数字です。患者さんの数も4分の1以下で、日本では放射線治療はがんの治療としてまだまだ十分に活用されていないと言えますし、これから増えてくる患者さんに対して、受け入れ体制も決して十分ではないでしょう。
しかし、放射線治療は近年着実に進歩発展しています。ここではそのなかから、ガンマナイフと呼ばれるCo-60の線源をたくさん使った定位放射線治療と、大型の加速器を使った重粒子線治療をご紹介しましょう。
重粒子線治療は、ブラッグ・ピークをがんの病巣にうまく合わせることで、がんの病巣の手前に当たる放射線を少なくし、後ろには当たらないようにすることができます。線量の分布が非常によいと私どもは言うわけです。それに加えて生物学的な効果、放射線のがんを殺す作用が非常に強いという特徴があり、特にブラッグ・ピークの位置では、X線に比べて3倍近い強さを持っています。そのほか、酸素の低い細胞にも効くといったメリットがあり、重粒子線は、線量分布に優れ、また生物学的効果の大きい放射線ということで、がんの治療には理想的な放射線だと言えます。 ![]()
重粒子線治療は、1994年6月から2004年1月の間にHIMACを用いて約1,800症例のさまざまながんの患者さんの治療をしてきました。この治療結果、成果については、毎年公表しております。臨床試験の成果としては、従来の放射線治療が効きにくい腺がん、悪性黒色腫、骨肉腫、肝臓がんなどの腫瘍にも効果があることがわかっています。また、比較的短期間の治療が可能であることもわかってきました。普通、X線の放射線治療というと、例えば50Gyの線量を毎日2Gyずつ5週間かけて少しずつ照射します。これは正常組織の放射線の障害からの回復を待ちながらがん組織に十分な放射線を当てるためですが、そういう多分割照射が重粒子線治療の場合は必ずしも必要ではないということがわかってきたため、最近は治療期間を短縮することを試みており、肺がんや肝臓がんは1週間以内の治療を行っています。局所制御率、局所に当てた後そこの腫瘍がその後大きくなってこないかということをある期間見るわけですが、例えば2年以上見た症例も随分ありますが、前立腺がんなどで言えば90%以上、100%近い高い局所制御率を得ております。そして有害反応については、極めて低い頻度です。
これまでの臨床試験の結果に基づいて、昨年の11月から高度先進医療として厚生労働省の承認を得まして一部の治療を始めました。これまで臨床試験で安全性・有効性の確認されたものを漸次高度先進医療に移行しているところでありますが、なお臨床試験として継続中のものもありますし、胃がん、乳がん、大腸がんの原発巣、卵巣がんなどはこれまで臨床試験も行っていませんでした。 ![]()
次に、舌の奥のほうにできた悪性黒色腫ですが、これも放射線治療によってきれいになくなりました。前にも申し上げましたが、悪性黒色腫というのは従来の放射線治療がなかなか効かない腫瘍ですが、こういったものに重粒子線治療が有効であることがわかってきたのです。仙骨の脊索腫(せきさくしゅ)も、悪性の腫瘍の一つですが、重粒子線をかけますと大きな腫瘤が小さくなり、いわゆるQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の高い、機能が温存できた例を多数経験しています。 ![]() ![]()
有害反応については、口腔にかけたときには、1割ぐらいの患者さんに口腔粘膜への障害が起こりますが、皮膚や肺では頻度はかなり少ないですし、早期の反応は3カ月以内には全部治っております。遅発反応の中では、食道とか大腸、あるいは膀胱、尿道に狭窄(きょうさく)とか潰瘍とか穿孔(せんこう)という重篤な障害を起こして、外科治療が必要だったケースが、最初の1,000例ぐらいの中に2〜3%ぐらいありました。その後こういう臓器はどのくらいの重粒子線に耐えられるかということがわかってきており、照射法を工夫することで重篤な副作用はほとんど起こっておりません。 高度先進医療というのは、保険適用に至る一つの中間段階と考えられていると思いますが、私たちも高度先進医療と認められたことで、今後、多数の症例についてさらに安全性と有効性を確認し、できるだけ早く健康保険の適用にもっていきたいと考えてます。しかし、健康保険が適用されるためには、普及性が非常に重視されます。そこで私どもでは、多くの病院で使えるような非常に小型で普及型の医療専用の装置の開発研究を行っております。もちろん、普及するときには人材の育成も極めて重要で、この非常に特殊な治療法を行える熟達した医師、技師、医学物理士などが必要であります。そうした人材の育成にも力を入れているところです。 重粒子線治療は新しい治療法であり、まだまだ改良の余地があると考えられます。もっともっと高精度の治療、もっと患者さんに優しい治療、そして現在は行っていない病態に対して適用を拡大していくような研究活動もこれから続けていきます。重粒子線治療のような新しい放射線治療を導入することで、放射線治療全体の適用を拡大し、我が国でも放射線治療をさらに普及させて、がんの克服への貢献を期していきたいと考えています。
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