水泳選手として培った自身のスキルと意識を国際貢献に活かすべく、入社7年目にして青年海外協力隊に現職参加した、パナソニック株式会社の園田俊介さん。着任先であるザンビア北部のムフリラで彼を待っていたのは、アフリカ系ザンビア選手の子どもたちとの困難ながらも充実した日々だった。協力隊として活動した2年間で彼が得たもの、そしていまの仕事でも活きている経験について、園田さんにお話をうかがった。

園田俊介さん
幼いころから大学卒業まで、ずっと水泳競技を続けていました。数々の国際大会にも出場させていただきましたし、一時は本気でオリンピック選手を目指すほど、日々、真剣に練習に取り組んでいました。ただ大学のときに腰を痛めたこともあり、残念ながらオリンピック出場の夢は断念。しかしこれまでの選手人生から私はふたつの夢を見つけ出していました。ひとつ目はオリンピックに携わる仕事に就くこと。そしてふたつ目は、日本を飛び出してグローバルに活躍できる仕事に就くことでした。
そんな私が選んだ企業は、オリンピックのオフィシャルスポンサーであるパナソニック株式会社(当時松下電器産業株式会社)でした。入社動機は非常に明確。志望動機にも「オリンピックに関わるような、グローバルな仕事をするため」とはっきり書いた覚えがあります。入社してすぐは国内の営業やマーケティングを担当。新鮮で充実した日々を送っていたのですが、私をかきたてるひとつの想いがありました。それはやはり「世界で活躍したい」というあの夢。そこで入社7年目、30歳になるのを目前に、青年海外協力隊への参加を決めました。
青年海外協力隊を選んだ理由としては、私の持つ水泳のスキルを活かせるというところに加え、発展途上国に着任できるという部分が大きかったですね。自身の視野を広げ、そして自分の成長につながるステップであるべきと捉えていたので、青年海外協力隊であればより有意義な経験ができると考えました。またそれまで英語にあまり自信がなかったのですが、これを機に語学力を高めようという思いもあった。つまり協力隊への参加が、たんに自己満足では終わらず、一社員として成長できるという確信のもと、参加を決意したわけです。

選手たちと練習用プールにて

選手の技術向上の必要性をスポーツ青年省の大臣陳情
決定した着任先はアフリカのザンビア北部に位置するムフリラ。5歳から18歳までの子どもたちを対象にした水泳指導員として活動をスタートしました。このチームはアフリカ系ザンビア人、つまり黒人の選手ばかり。私は経験上、国際大会におけるザンビアの代表選手は、半分以上が白人系かインド系であることを知っていました。だからこそ、私がいる2年間に、ザンビア代表の黒人選手の比率を増やそうと思い、着任後すぐこれを目標に掲げました。
まず表面化した問題は選手たちのルーズさ。練習に遅刻する、途中でやめてしまう、こうしたことが頻繁に起こるのが現状でした。どうすれば全体のモチベーションが上がるのかを考えた結果、タイムが速い選手ではなく、練習に真面目に取り組んだ選手を試合に出場させるようにしました。「努力した人間は報われる」という意識を彼らに持ってほしかったのです。もちろん一時的にチームは負けてしまうこともあったのですが、選手たちの練習への取り組み方が明らかに変わってきたので、長い目で見るといい成果があったと感じています。
もう一つ大きな問題だったのがプールの水質。日本で言うと、プール開きの前の状態と言えばイメージできると思いますが、あの緑色のプールで選手たちは練習していた。衛生上はもちろんですが、技術の向上という意味でも良くありません。浄化装置を取り付けるにも、そのお金がない。そこで私は資料を作り、地元の企業に片っ端からお願いにあがりました。実は遠征費なども含めた資金のほとんどが、選手たちの家庭環境では捻出するのが難しい状況だったのです。せっかくいい選手がいるのにお金がないばかりに技術が向上しないという現状を、スポーツ青年省の大臣に訴えたことも。結果、とある企業とスポンサー契約を結ぶことができたのは大きな成果でした。そして私はこの時、企業に顔を出すときはなるべく、チームの選手を同行させるようにしていました。私は2年間しかコーチとして指導できない。ただ彼らの選手生命はこれからもまだ続くわけです。現状の体制を整えることはもちろん大切ですが、それ以上に、チームを運営する方法や手段を彼らに伝え、続けていくことが重要だと思ったのです。ただ「行う」だけじゃなく、「残す」こと。2年間、私はこのことをずっと意識していました。やはり今後のザンビアを支え、発展させていく原動力になるのは選手たち自身ですから。

他にも力を入れたことに、白人系ザンビア人と黒人系ザンビア人のネットワークをつくることがありました。やはりここの溝は相当深いものがあったのですが、私が仲介役をして、ともに練習を行ったり、遠征試合に出かけたり、コミュニケーションを密にとるようにしていました。最終的に私が指導した選手を、インターナショナルスクールのコーチとして就かせることができましたし、水泳連盟との関係も良好になったと思います。印象的な出来事と言えば2007年の世界水泳のとき、私自身が代表コーチとして選手を引率したのですが、開催国オーストラリアで選手時代の恩師に出会ったこと。かつての教え子がなぜかザンビアの代表コーチだったわけですから、すごく驚いていましたね。
休みの日も選手たちと会っては恋愛話を聞いたり、水くみを手伝ってもらったりしていたので、本当に充実した2年間を送れました。選手たちのこれからを思うと、自分の活動が100点だったとは思えませんし、まだまだやりたかったこともある。ただ本来、私は自分の成長のためにこのプログラムに参加したという一面もあったので、その意味では間違いなくプラスになった実感はあります。今後、世界を相手に仕事をする場面でも、自信を持って取り組むことができると思っています。
帰国後、幸いにも「F1・オリンピック推進室」に異動になりました。これでオリンピックに関わるという夢もかなったわけです。快くザンビアに送り出してくれ、さらには夢をかなえるチャンスまで与えてくれた会社には、心から感謝しています。現在は、すでに決定しているオリンピックの開催国で、パナソニックの製品が最高の形で貢献できるように準備をしているところです。また、私が協力隊に参加したことを知った社員から、「私も参加したことがあります」「こういうスキルで参加したい」といったメールをもらうこともあります。このように国際貢献に前向きな人がたくさんいることは、会社にとっても決してマイナスではないはず。私自身、今後はパナソニックの社員として、海外のフィールドでビジネスを展開できる機会が得られることを期待しています。ただ、これは今後、現職参加を考えている人へのアドバイスとなるのですが、協力隊の活動を“逃げ場”にはしてほしくない。「現状が嫌だから参加しよう」ではやはり社内の人を納得させるのは難しい。「この人であればその経験を得ることでさらに会社にとって魅力的な人材になる」と思わせることができてはじめて、まわりは応援してくれる。夢をかなえるため、また自分の成長のために、あくまで前向きに行動をはじめてほしいですね。

布谷 彰さん
ブランドプロモーショングループ
F1・オリンピック推進室 室長
企業が求める資質をさらに高められる経験を国際協力の場で
私はいまの部署に異動してからの彼しか見ていないので、“変化”という意味ではわかりませんが、彼の現在の仕事ぶりを見ていると、青年海外協力隊で得たユニークな経験が、彼がもともと持っていた「リーダー性」「積極性」といった良い資質をさらに強めたのだと感じます。パナソニックだけでなく、おそらくどの企業でも求めている人材は同じだと思うのですが、まずはやる気。そして課題の設定力や手段の選択、そして結果に対する分析と改善。さらに言うと陽気さ。以上のような、勉強ができる、できないといったことではなく、社会人としての頭の良さが、企業が求める資質だと思います。そしてこれら社会人に必要な能力を伸ばすきっかけとして、JICAのプログラムは有効なのだなという印象を、彼を通じて持つようになりました。ただ上司としては、即戦力である社員に抜けられることは、本音を言うととても痛い。ではだめなのかと言うと、決してそうではない。問題は本人の意思の強さにある。海外での経験を得てひとまわり成長した社員というのは、もちろん会社にとって貴重な財産になるはずです。