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コラム

染谷正弘氏による連載コラム。住まいのお役立ち情報や話題の街の文化・周辺環境などをご紹介します。

街の記憶:西武池袋線「椎名町駅」界隈(かいわい)・・・トキワ荘とアトリエ村

『鉄腕アトム』(手塚治虫)、『天才バカボン』(赤塚不二夫)、『ドラえもん』(藤子・F・不二夫)、『仮面ライダー』(石ノ森章太郎)、これら日本マンガ界の巨星たちのマンガを知らない日本人はいないだろう。彼らのマンガが、子供たちに夢と希望と元気をどれだけ与え続けてきたか、それははかりしれないものがある。

風呂もなく、共同便所で、アトリエと住まいを兼ねたその木賃アパートにはたくさんの若いマンガ家が出入りし、そこはまるで「マンガ家の梁山泊(りょうざんぱく)」のようだったといまも語り継がれている。その伝説の木賃アパートが「トキワ荘」だ。

西武池袋線・椎名町駅南口に近い「南長崎ニコニコ商店街」の一画にあったトキワ荘は、1982年に老朽化のために取り壊されていて、いまはその面影もない。ただ、トキワ荘が建っていた路地の向かいにある、彼らのマンガにもよく登場するラーメン屋「松葉」はいまも健在で、由緒正しい東京の醤油ラーメンをおいしくいただくことができる。その昔懐かしいラーメンの味もさることながら、店内にはトキワ荘のマンガ家たち直筆の色紙がさりげなく飾られていて、トキワ荘を偲(しの)ぶマンガファンにはたまらないだろう。

また、南長崎ニコニコ商店街の通りに面する「南長崎花咲公園」には、トキワ荘の記念碑が建っている。これもマンガファンには必見だ。トキワ荘の外観、間取り、マンガ界の巨星たちの当時の暮らしぶりがよくわかるとても親切な記念碑である。マンガファンやマンガ家志望の若者たちにとって椎名町駅界隈(かいわい)は、マンガの聖地のように思えるに違いない。

サブカルチャーでしかなかった日本のマンガが、いま世界中の若者文化やアートシーンに大きな影響を与えつつある。マンガは、もしかしたら江戸時代の浮世絵のように21世紀の日本文化を象徴するアートになるかもしれない。その時、トキワ荘を中心にマンガ家たちが集まり住んだ椎名町駅界隈(かいわい)は、日本のマンガ文化のメッカと呼ばれるに違いない。

でも、どうして椎名町駅界隈(かいわい)にマンガ創作をめざす感性豊かな若者たちが集まり住んだのだろう。実は、昭和初期の1930年代に、椎名町駅北口近くには「桜ケ丘パルテノン」と呼ばれるアトリエ付きの賃貸テラスハウス群が立ち並び、たくさんの芸術家たちが暮らしていたという。いまは、そのほとんどが建て替えられていて、その路地だけが残されている。僕が知る限りでは、わずか一軒だけその外壁の一部を残し建っている。椎名町駅界隈(かいわい)には、芸術家を呼び寄せる不思議な大地のパワー(地霊)があるように思えてくる。

戦前から戦後にかけて、池袋のお膝元(ひざもと)に位置するいまの長崎、千早町、要町あたりには、100棟を超す芸術家専用の賃貸テラスハウスが建っていたというからすごい。そのひとつが、椎名町駅近くの「桜ケ丘パルテノン」で、その他に「すずめが丘パルテノン」、「つつじが丘パルテノン」と呼ばれる賃貸テラスハウス群が点在していた。それらを総称して「長崎アトリエ村」、また「池袋モンパルナス村」とも呼んでいたようである。ギリシャのパルテノン神殿は西欧文明の象徴であり、モンパルナスは芸術の都パリの象徴でもあったから、当時の若い芸術家たちの西洋モダニズムへの強いあこがれが、そんな名称とさせたのだろう。

当時の「長崎アトリエ村」での芸術家たちの暮らしぶりは、池袋にある豊島区立郷土資料館(勤労福祉会館・7階)に詳しく紹介されているから是非訪れてみてほしい。アトリエ付き賃貸テラスハウス群が再現された模型(1/10)や当時の写真も数多く展示されていて興味はつきない。家といってもその大部分が15畳程のアトリエで、窓は大きく高い天井にはトップライトも付いている。炊事や就寝の居室部分はかなり狭く6畳程もない。共同の井戸やお風呂があり、その住宅形式は日本の伝統的な都市型住宅の木造長屋といっていいだろう。

長崎アトリエ村がうまれた背景には、大正から昭和にかけて日本のモダンリビングの誕生があったように思う。ホワイトカラーの高給サラリーマンが、郊外に「文化住宅」と呼ばれた洋風住宅を建て住むようになったのである。田園調布はその典型だろう。日本家屋の床の間の掛け軸にかわり、文化住宅の居間や応接間に飾る洋画の需要が増えたのである。

長崎アトリエ村から輩出した彫刻家に峰孝、画家に熊谷守一らがいる。峰隆のアトリエは、「峰孝作品展示館」(千早2-30-7)として一般公開されている。彼の制作途中の作品が所せましと展示されているその空間は、当時のアトリエ村での芸術家の創作活動を彷彿(ほうふつ)とさせ、昭和のはじめにタイムスリップしたかのようだ。

また、熊谷守一の自宅跡地(千早2-27-6)には、「豊島区立・熊谷守一美術館」がある。具象がどこまでもそぎ落とされて力強く優しい線や円になって生き生きと描かれた彼の絵は、見る者をひきつけてやまない。閑静な住宅街に建つこの小さな美術館は、建築としてもすばらしい。1階のカフェのコーヒーも実においしく、不思議に心が和む美術館である。かつて、マンガ家や芸術家たちが集い住んだ椎名町界隈(かいわい)の魅力を、この美術館のたたずまいに垣間見たような思いがする。

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染谷正弘染谷正弘(そめや・まさひろ)
建築家 DSA住環境研究室代表 文化女子大学講師
戸建住宅や集合住宅の設計を中心に、住まいづくり、街づくりにたずさわる。
「コミュニティーをデザインする」という発想のもと、大規模集合住宅のデザイン・プロデュースを数多く手がける。
(株)DSA住環境研究室:http://www.ds-architects.co.jp