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コラム

染谷正弘氏による連載コラム。住まいのお役立ち情報や話題の街の文化・周辺環境などをご紹介します。

街の記憶:海外番外編=イスタンブール・・・ミナレットが聳える古都

スカイラインに巨大なドームが浮かび、何本ものミナレット(尖塔)が聳える古都、それがイスタンブールだ(写真)。その語源を「光」とするミナレットは、イスラム教の寺院モスクの象徴でもある。そこから、メッカへの祈りのコーランが厳(おごそ)かに響きわたるとき、イスタンブールは神の光あふれる都市へと変身する。

イスタンブールは、キリスト教文化圏とイスラム教文化圏が混淆(こんこう)する都市といっていい。その昔、西暦4世紀から15世紀頃まで、イスタンブールはコンスタンチノープルと呼ばれ、約1000年もの間ビザンチン帝国(東ローマ帝国)の首都だった。そして、あの華麗なキリスト教・ビザンチン文化の華を咲かせている。

そのビザンチン帝国を滅ぼしたオスマン・トルコ帝国は、コンスタンチノープルをイスタンブールと改名、15世紀も半ばの頃のことである。そして、約500年間のオスマンの栄枯盛衰を経て、20世紀初頭に近代国家・トルコ共和国へと生まれ変わり、今に至っている。

1000年もかけて育んだキリスト教文化の都市に、500年間もイスラム教文化が覆い重なり、1500年以上も東西文化交流の拠点、そして国は変われども首都であり続けてきた古都イスタンブール。

その象徴が、「アヤソフィア」だろう。もともとはキリスト教・ギリシャ正教の総本山で、その竣工は西暦537年だという。古代ローマの建設技術の粋を結集し建造されたこの建築は、いまも世界最大級の寺院建築だ。その圧倒的な空間ヴォリュームは、ローマの巨大建築「パンテオン」を彷彿とさせてやまない。また、その建築美術は、ビザンチン文化の結晶そのものだったろうと容易に想像できる。

オスマン・トルコ帝国の時代に至り、「アヤソフィア」はその骨格を残しながらもイスラム寺院へと徹底改装され、現在の姿へと変貌していく。イスラム教は偶像崇拝をしないから、他のモスクと同様にそのインテリアも幾何学文様(写真)で覆われることになる。キリスト教美術の上に、イスラム教美術が重ね描かれたのだ。

イスラム教美術の下で長い眠りについていたキリスト教美術は、1934年にアメリカの調査団によって発見され、壁やドームに描かれていたフレスコ画やモザイク画は再びその姿を現すことになる(写真)。キリスト教美術もイスラム教美術も、どちらもすばらしい宗教美術であることに変わりはない。描き、消され、それは数奇な運命としかいいようがない。

現在、「アヤソフィア」は、キリスト教文化圏とイスラム教文化圏の混淆した建築として、寺院ではなく博物館になっていて、修復はいまも続いている。最終的には、どういう姿になるのだろう。オリジナルということの意味、概念を、改めて考えさせられてしまった。文化、伝統、芸術に、オリジナルは無いと考えた方がいいように思えてくる。

「キリスト教」対「イスラム教」という一神教同士の対立図式は、いまも世界中のあらゆるところで見ることができ、悲しいことに多くの紛争の火種になっている。ここで、改めて認識しておかなければならないことは、いま私達の暮らしを支えている近代文明は、キリスト教文化圏から誕生しているということだろう。

近代化とは、ある見方をすれば、西欧化でありキリスト教文化圏化だったといっていい。それは、いま私達が、何故ネクタイをし、スカートをはいているのかを考えてみればわかるだろう。極論すれば、イスラム教文化圏における近代化は、一神教同士の折り合いのつかない矛盾の中にあったように思えてならない。僕は、その矛盾を「ドルマバフチェ宮殿」(写真)に垣間見たような気がする。

イスタンブールには、オスマン・トルコ帝国時代の宮殿が、新旧二つあり、いまは観光名所として一般公開されている。旧は「トプカプ宮殿」、新が「ドルマバフチェ宮殿」だ。

新宮殿は、19世紀半ばに建設されている。その当時の世界の列強諸国に、オスマンの威信と近代化を誇示することが、この新宮殿建設の目的だったのだろう。でも、この建築は、西欧古典主義建築様式(厳密にはネオバロック様式)を参照したデザインとなっている。つまり、イスラム教文化圏独自のデザインは影をひそめ、キリスト教文化圏のデザインが前面に押し出された建築なのである。

オスマンの王たちは、西欧古典主義建築様式を「近代化された権威」の象徴と考えていたのではないだろうか。でも、この新宮殿は、その外観、内観の建築デザインも、そこでのライフスタイルも、その表層だけが装飾的に西欧化つまりキリスト教文化圏化されたようにしか思えない。宮殿としての機能も、豪華絢爛な謁見の間あり、ハーレム(大奥)ありで、「トプカプ宮殿」と何ら変わるところはない。

西欧古典主義建築様式のデザイン理念は、一言でいえば「合理」にある。それが、西欧近代合理主義と基をひとつにしていることはいうまでもない。「ドルマバフチェ宮殿」はもうほとんど混沌に満ちた装飾の塊でしかなく、そこに「合理」の理念を読むことは難しい。そこに、イスラム教文化圏トルコにおける近代化の矛盾が象徴的に露呈しているように思う。

「キリスト教」対「イスラム教」という一神教同士の対立図式は、修復作業の進む「アヤソフィア」にどう現れるのだろう。二つの宗教、文化の融合、昇華は、建築デザインとして可能なのだろうか。「アヤソフィア」の修復作業の行方は、今後の世界情勢の行方を深く示唆する文化活動のように思えてならない。そして、自動車と携帯電話と露天商があふれ活気に満ちた古都イスタンブールは、これからどんな都市へと変貌していくのだろう。


染谷正弘染谷正弘(そめや・まさひろ)
建築家 DSA住環境研究室代表 文化女子大学講師
戸建住宅や集合住宅の設計を中心に、住まいづくり、街づくりにたずさわる。
「コミュニティーをデザインする」という発想のもと、大規模集合住宅のデザイン・プロデュースを数多く手がける。
(株)DSA住環境研究室:http://www.ds-architects.co.jp