染谷正弘氏による連載コラム。住まいのお役立ち情報や話題の街の文化・周辺環境などをご紹介します。
海をのぞみ、緑は豊かで気候は温暖、首都圏でも有数のベットタウン、それが津田沼エリアだ。東京から総武本線快速で千葉方面へ約30分、東京湾岸文化圏にあって多彩な顔をもつ歴史ある街である。
JR「津田沼駅」を降りると、駅前に広がる巨大なデパート群にまず驚かされる。京成「新津田沼駅」とつながる駅前ロータリーの周りには、パルコ、イオン、ヨーカドーなどの大型店を筆頭に一大ショッピングセンターが形成されていて、その賑わいぶりは巨大なベットタウンの玄関口であることを実感させてくれる。
また、駅前周辺には、制服をきた高校生や学生風の若者が多い。「高齢化社会どこ吹く風」といわんばかりだ。それもそのはず、津田沼エリアには学園都市と呼んでもいいほどに大学、高校が数多く点在している。駅前には千葉工業大学、京成電車を乗り継いでいけば日本大学の生産工学部や理工学部、また東邦大学等の各キャンパスがあり、それらの付属高校もあり、都心から通学する学生も多いのだろう。
津田沼エリアを歩いていると、歴史文化を感じさせてくれる史跡や建築が多く、実に楽しい。駅すぐそばの「津田沼第一丁目公園」には、昔懐かしいまるでおもちゃのような蒸気機関車(写真)が展示されている。かつて津田沼は、旧陸軍鉄道第2連隊の活動拠点となっていて、この蒸気機関車が実際にいまの新京成線敷内を走り活躍していたのだという。
また、その昔長野県は旧木曽大滝森林鉄道で走っていたディーゼル機関車の実物をこの津田沼で見ることができる。駅から15分くらい歩いたところに緑深い「藤崎森林公園」があり、その一画にそのディーゼル機関車は展示されている。旧木曽大滝森林鉄道が廃止になった際、昭和51年に習志野市が譲り受けたのだという。ディーゼルだから煙突はないが、この機関車もまた実に可愛い。鉄道ファンにはたまらないのではないだろうか。
森林公園内には、古民家「旧大沢家住宅」(県文化財・写真)が移築・復元され、一般公開されている。いまから約350年前の茅葺屋根の重厚な建築で、広い土間や竈(かまど)や囲炉裏などから、その頃のお百姓さんの暮らしぶりをしのぶことができてとても興味深い。自然林の中に池を配した回遊式のこの森林公園は、夏は菖蒲、冬は椿、春は桜が美しく、知る人ぞ知る名園である。
そのすぐ近くの畑の真ん中にひろがるのが「藤崎堀込貝塚」(県史跡)だ。その範囲約100m四方、馬蹄形をしたこの大きな貝塚は、縄文時代後期のものだという。縄文人のゴミ捨て場がこの貝塚なのだから、約4000年も前から津田沼エリアには人が住んでいたことになる。
おそらく江戸時代のものだろう、貝塚の一画にひときわ大きなご神木に囲まれた富士塚があり、小さな鳥居とお社がある。この貝塚周辺に、どこか神々ししい霊気を感じるのは僕だけだろうか。
貝塚があるなら、もちろん古墳もある。ただ、時代はぐっとさかのぼり紀元後6世紀、その頃の豪族の古墳を、「鷺沼城跡公園」で実際に見ることができる。石棺もきちんと保存されていて、いつでも見学可能だ。この公園は、津田沼駅からは「藤崎森林公園」とは反対方向の海側へ向かって、やはり徒歩15分程のところにある。
この公園の一画にある古墳群の前には、埴輪のモニュメント(写真)が静かに立ち、古代への幻想を誘う何ともいえない素敵な公園になっている。そのさりげないランドスケープデザインが実にすばらしい。
津田沼シーサイドで、忘れてはならないのが「谷津干潟」と「谷津バラ園」だろう。「谷津バラ園」には、世界中のバラが約700種、6300株も植えられているという。このバラ園の幾何学的なランドスケープデザインは、ヨーロッパ王宮の庭園を彷彿とさせてくれる。その一画に、なんと「読売巨人軍発祥の碑」があり、初代監督や選手の手形やサインもある。巨人ファンは必見、是非訪れてみてほしい。
「谷津干潟」は、ラムサール条約登録湿地に指定されている。この条約は、国境とは関わり無く旅する渡り鳥を世界的規模で保護し、彼らの生息地となる湿地を守ろうという趣旨のもので、この干潟にはシギ、チドリ類の渡り鳥が多く訪れるという。ベットタウンのマンション群のシルエットを背景にしながらも、水鳥が飛び交うその夕景はしみじみと美しい(写真)。
ベットタウンのマンション群といえば、津田沼エリアからは少し離れるが、京成本線「八千代台駅」の近くに「住宅団地発祥の碑」がある。1955年に設立された日本住宅公団のいわゆる「公団アパート」がこの地に初めて建設されている。その5年後の1960年、津田沼・前原団地の建設、入居が始まり、津田沼エリアはベットタウンへの歴史をスタートさせている。
前原団地のユニークさは、「星型住宅(スターハウス)」と呼ばれる多角形デザインの集合住宅(写真)が数多く建設され、独特な街の景観つまり団地風景を出現させたことにあるように思う。そこに、健全な新しい住宅の大量供給という、戦後まもない当時の住宅公団の使命感と意気込みを強く感じる。
いま、その前原団地のリニューアルが始まり、老朽化した集合住宅群の建て替えが進みつつある。近い将来、21世紀の新しい津田沼の顔が、歴史がまたひとつ付け加えられ、豊饒のベットタウンはさらに進化を遂げていくことだろう。
染谷正弘(そめや・まさひろ)