染谷正弘氏による連載コラム。住まいのお役立ち情報や話題の街の文化・周辺環境などをご紹介します。
代官山ヒルサイドテラスに、「トムズサンドウィッチ」という小さなレストランがある。天気のいい土曜の昼下がり、代官山界隈を気ままに散歩して、この店で一休みしながらのビールとサンドイッチはじつに美味しい。心穏やかにとても幸せな気分になれる。そして、この「トムズサンドウィッチ」には、代官山という街のエッセンスがぎゅっと詰まっているといつも思う。
渋谷、恵比寿、中目黒という若者文化のメッカに囲まれた代官山が、東京でも有数の洗練されたお洒落な街としてそのブランドが確立されたのは、それほど遠い昔のことではない。代官山ヒルサイドテラスが旧山手通り沿いにその全貌を現した後、ここ15年くらいのことではないだろうか。
それまで代官山といえば、レトロ感覚いっぱいの同潤会アパート(写真)のある街という印象しか僕にはない。関東大震災を教訓に、地震や火災に強い建築を造ろうと、日本で最初の鉄筋コンクリート造の公営集合住宅が、同潤会アパートだった。大正から昭和にかけて、最先端技術と最新デザインを搭載して代官山に出現したこの斬新な集合住宅は、誰もが羨む憧れの住まいだったに違いない。
さらに時代はさかのぼり、明治の末、武蔵野の落葉樹に美を発見し、都会と田舎の中間に位置する「郊外」という概念を日本で初めて明確にしたのは、国木田独歩だった。名作『武蔵野』(1901年・明治35年)にこんなくだりがある。「・・・大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とがここで落ち合って、緩やかにうずをまいているようにも思われる。」
「ここで落ち合って」のその場所こそ、当時いまだ武蔵野の雑木林や畑が広がる渋谷村だった。彼は、いまの代官山あたりを散歩しながら、「郊外」という近代社会のユートピアを思い描いていたに違いない。その「郊外」に建つ住宅の実現が、代官山同潤会アパート(1925年・大正14年)だったといっていい。
それからおよそ半世紀の後、再び全く新しいコンセプトの集合住宅が代官山に登場する。それが、代官山ヒルサイドテラスだ。住居、オフィス、店舗、イベントスペース、ギャラリーなどが併設されるこの建築群は、隣接するデンマーク大使館も含め、1969年から1992年までのおよそ四半世紀、6期に渡って建設されてきた。しかも、ひとりの建築家とその仲間たちによって、この建築群は設計、デザインされている。まず、そのことに驚かされる。また、それを支えプロデュースしてきた建て主の存在も忘れることはできないだろう。
設計者は、日本が世界に誇る建築家のひとり槙文彦氏。建て主は、このエリアの地主でもある朝倉家の皆さん。建て主と建築家のみごとなコラボレーションが、世界の建築界から注目され評価される代官山ヒルサイドテラスを創り、現在の代官山ブランドを築いてきたといっていい。
さて、代官山の魅力ってなんだろう。それは、旧山手通り沿いに建ち並ぶ代官山ヒルサイドテラスの魅力そのものではないだろうか。一言でいえば、白く美しいその建築群(写真)のひとつひとつに「都市」が内蔵されている、そう思えてならない。
都市には、表通り、裏通り、路地、抜け道、辻など幾種類もの道があり、広場や公園など大小様々なオープンスペースがあり、店舗やオフィスや住居など多種多様な建築が高密度に建ち並ぶ。そして、働き、憩い、住まい、暮らすという人のあらゆる営為が凝集された場所だろう。
代官山ヒルサイドテラスの建築群には、そんな都市のエッセンスが凝集されている。それら建築群には、いくつもの路地やポケットパークが、まるでキラキラ輝く小川とその淀みのように配され、素敵なショップやレストランがちりばめられている。「都市」をデザインするかのように、一貫して「建築」がデザインされている。かくしてそのエレガントな街並みもその姿を現すことになる。そこに、この建築の魅力のすべてがあるように思う。
1973年に竣工した2期C棟の中庭に面して「トムズサンドウィッチ」はある。このレストランのピクチャー・ウィンドウに広がる緑の風景が実にすばらしい(写真)。かつての武蔵野の雑木林を彷彿とさせてくれる。
旧山手通り、C棟のピロティを介した中庭(写真)、トムズサンドウィッチ、そして店内からのぞむ武蔵野の名残(なごり)、それら空間が襞のように重なり合い連繋している。そこに、都市空間の奥行き、奥深さが見事にデザインされた代官山ヒルサイドテラスの真髄を見ることができるように思う。
2000年(平成12年)、同潤会アパート跡地にタワーマンション「代官山アドレス」が誕生し、その足元にはショッピングゾーンや公共施設ができ、代官山はさらに賑やかな街へと変貌していく。21世紀に入り、代官山ヒルサイドテラスは、アートを中心にした都市文化情報発信基地として益々パワーアップしている。
美しい建築や街並みが街を活性化することを、代官山は見事に証明してくれた。
染谷正弘(そめや・まさひろ)