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コラム

染谷正弘氏による連載コラム。住まいのお役立ち情報や話題の街の文化・周辺環境などをご紹介します。

街の記憶:金町界隈(後編)・・・フウテンの寅さんのふるさと

葛飾柴又帝釈天といえば、フウテンの寅さん。葛飾柴又帝釈天は、人気のシリーズ映画「男はつらいよ」の主人公フウテンの寅さんの故郷だ。

最寄り駅は、京成金町線始発駅「金町」の次の駅「柴又」。その小さな駅前広場には、故郷を愛しむように柴又帝釈天を振り返る寅さん像が立っている。そして、柴又名物の老舗店が建ち並ぶ帝釈天の参道へとそのままつながる。この参道、家々の軒並みが低く、車社会とは無縁のヒューマンスケールで、どこか昔懐かしく心が和み居心地がいい。参道を歩く人たちも穏やかでほのぼのとしている。寅さんを偲びながらの帝釈天参りだからだろう。

「男はつらいよ」は、1969年から1997年までの28年間に全48作、ギネスブックにも登録されるほどの世界最長のシリーズ映画である。まさに日本の国民的映画といっていい。何故、これほどまでの人気シリーズ映画となり、誰もがフウテンの寅さんを好きなのだろう。

それは、寅さんが産湯をつかった帝釈天のある下町人情あふれる柴又が、この映画の舞台となっているからではないだろうか。つまり、金町駅を中心に、南は門前町・柴又、北は広大な水元公園、東西を江戸川と中川に囲まれ育まれた金町界隈の都市文化と深く関わっているからのように思えてならない。江戸川の矢切の渡しから渡し船でこっそりと旅に出る寅さん、水元公園の美しい水辺で片思いのマドンナとデートをする寅さん。寅さんと彼を愛する仲間たちが暮らす街、それが金町界隈なのである。

日本全国を旅して廻るテキヤの寅さんは、なんの前触れもなくふらりと故郷柴又に舞い戻っては必ずトラブルを引き起こし、また旅に出る。このシリーズ映画は、その繰り返しで、そこが面白おかしく楽しい。でも、そのトラブルが、肩を寄せ合い下町に暮らす人たちに、ふと忘れかけた義理や人情や人の優しさを思い起こさせてくれることになる。寅さんは、まるで神話や民話に登場するトリックスター(いたずら好きの妖精)のようである。

拡大解釈すれば、帝釈天もトリックスターだった。いたずら好きの暴れん坊が仏陀に改心させられ、正義の味方になり悪者を倒す孫悟空とよく似ている。強面の四天王を子分に従え、仏陀を守護し、自然の災いや人の悪行から善人を護る庶民の用心棒のような神様が、帝釈天である。

日々善き人であるよう努力するから、災いから身を護ってほしいと帝釈天にお参りし、日々善き人であろうという想いを新たにする縁日が、庚申(こうしん)参りである。柴又の帝釈天信仰は、江戸時代の天明の飢饉の頃に始まっている。天災を鎮めるのに大いにご利益があったらしい。庚申の日には、その前夜から参道は江戸庶民で大いに賑わったという。

明治時代になると、金町から柴又まで、「帝釈・人車軌道」という屋根の付いたトロッコのような人力鉄道が走り活躍することになる。庚申の日には1日におよそ1万人の参拝客を運んでいたというから、柴又帝釈天人気もさることながらその乗客数には驚かされる。乗車時間は約15分、歩いてもさして変らないけど、物見遊山感覚で人気の乗り物だったらしい。それが、大正時代の初めに電化されて現在の京成金町線となるのだが、「金町」、「柴又」、「高砂」の3駅で全長2.5kmしかなく、いまもほほえましい路線であることに変わりはない。

金町界隈は、野菜の産直のメッカでもある。水元公園近くに「金町青果市場」という卸市場もあるが、その廻りには「地蔵前直売所」、「東金街直売所」、「松野ファーム」など、安くて新鮮な野菜を農家の皆さんから直接買うことのできる10ヶ所以上もの野菜直売所がある。最近、柴又にも「葛飾元気野菜直売所」がオープンしている。

かつて、この界隈は「金町こかぶ」や「千住ネギ」といった葛飾野菜の名産地だった。高級料亭で出されるほど上質な野菜だったという。その野菜ブランドを復活させようと、葛飾区は「葛飾区農業ブランド化推進事業」に取り組んでいて、野菜の産直化がますます活発になっている。「元気印新鮮野菜の街」という新しい金町のイメージができるのもそう遠くないかもしれない。

金町界隈は、都心でも郊外でもない、その中間に位置している。下町と一言では言い表せないこの立地環境をなんと呼べばいいのだろう。しかも、東京23区内にあって、いまだに農業がきちんと成り立っている貴重なエリアだ。江戸川、中川に挟まれてもいるから、川魚料理の老舗店も多く、この界隈は野菜や魚の食材の宝庫でもあった。

そして、たくさんの人が訪れる帝釈天の門前町であり、その参道に広がる下町文化をも合わせ持ち、広大で豊かな自然が美しい水元公園もあり、さらに金町駅前再開発によるタワーマンションの建設、三菱製紙工場跡地の大規模再開発計画も進み、江戸の頃よりの文化を色濃く受け継ぐ金町界隈は21世紀の新しい都市文化の発信拠点になる可能性に満ちている。

柴又帝釈天にお参りしたら、帝釈堂の壁の内外にちりばめられた木彫を是非見てほしい。法華経の説話が絵物語となったその稠密な欅の彫刻は実にすばらしく、西欧のゴシック大聖堂の壁に描かれた石のレリーフに勝るとも劣らない。日本文化の底力を実感するはずだ。

そして、みんなを心安らかにしてくれた今は亡きフウテンの寅さんを「葛飾柴又寅さん記念館」で偲んでみてはどうだろう。僕には、寅さんが現代の帝釈天のように思えてならない。金町界隈が「男はつらいよ」の舞台に選ばれた理由もそこにあるように思う。

「男はつらいよ」の監督・山田洋次氏は、柴又駅前に立つ寅さん像についてこんなことを書いている。最後にご紹介しておこう。


寅さんは損ばかりしながら生きている
江戸っ子とはそういうものだと 別に後悔もしていない
人一倍他人には親切で家族思いで 金儲けなぞは爪の垢ほども考えたことがない
そんな無欲で気持ちのいい男なのに なぜかみんなに馬鹿にされる
もう二度と故郷になんか帰るものかと 哀しみをこらえて柴又の駅を旅立つことを
いったい何十辺くり返したことだろう でも 故郷は恋しい
変わることのない愛情で自分を守ってくれる 妹のさくらが可哀想でならない
−−ごめんよさくら いつかはきっと偉い 兄貴になるからな−−
車寅次郎はそう心に念じつつ 故郷柴又の町をふり返るのである

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染谷正弘染谷正弘(そめや・まさひろ)
建築家、住環境研究家
(株)デザインショップ・アーキテクツ代表、文化女子大学講師戸建住宅や集合住宅の設計を中心に、住まいづくり、街づくりにたずさわる。
最近は、「コミュニティをデザインする」という発想のもと、大規模集合住宅のデザイン・プロデュースを数多く手がける。
(株)デザインショップ・アーキテクツ:http://www.ds-architects.co.jp