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コラム

染谷正弘氏による連載コラム。住まいのお役立ち情報や話題の街の文化・周辺環境などをご紹介します。

街の記憶:特別編・・フィンランドの『フィンランディア』

妖精ムーミンが住む森と湖の国フィンランド、別名スオミともいう。ロシア帝国から分離独立したのは1917年だから、近代国家としては思いのほか新しい。フィンランドは、西にスウェーデン、東にロシアに挟まれ、中世以来その両大国に支配され続けてきた歴史を持つ。でも、その厳しくも恵まれた自然環境のなかで豊かな文化を育んできた国である。特に、モダンデザインがすばらしい。先日、この国を旅してきた。都市も森も湖も紅葉に彩られ、見るものすべてが清楚で美しく、心が洗われるようだった。東京の喧騒に戻ったいま、その想いがしみじみと込み上げてきている。そのわけを考えてみたい。

ふと思うに、フィンランドにはこの国を象徴する三つの『フィンランディア』がある。フィンランドは、そもそも「フィン人の大地」という意味である。その語尾にさらに同意語である「ィア=ia」を付けた造語がフィンランディアだ。直訳すれば、「フィンランドらしい」ということだろう。でも、この言葉には、「これこそ我が大地、我が祖国」という、この国の人々の自国への篤い想いが込められているように思う。

クラシック音楽ファンなら、シベリウス(1865〜1957)の交響詩『フィンランディア』をまず思い起こすだろう。この名曲は、1899年に「フィンランドは目覚める」と題して発表され、「フィンランディア賛歌」とその名を変えていく。その頃のフィンランドは、ロシア帝国の圧制からの独立運動が高まっている真っ最中だった。当然のことながら、ロシア帝国はこの曲を演奏禁止処分にしている。この名曲の有名なエピソードだ。重苦しく暗い旋律から始まり、開放的な明るく美しい旋律へと展開していくこの交響詩は、いまもフィンランド国民の心の支えとなっているに違いない。

お酒好きなら、ウォッカの『フィンランディア』を思い起こされるはずだ。フィンランドの大地に育った大麦と、氷河期にできた氷堆石によって濾過された自然水で造られたこの酒は、冴える渡る透明感があって、美味しい水を飲んでいるような感がある。とうもろこしやジャガイモで造られるロシアのウォッカとは一味ちがう。フィンランド人のまさに心のスピリッツといっていい。美味しい水のある国は、料理やお酒はもちろん、空気も風景も実に美味しい。人の心も豊かになるはずだ。今回の旅でもトラブルはたくさんあり、その都度フィンランド人の心優しさに助けられている。

そして、三つめの『フィンランディア』は、ヘルシンキに建つ真っ白な大理石に覆われたコンサートホールだ。北欧の近代建築の巨匠アルバー・アールト(1898〜1976)の代表作でで、フィンランドの近代文化を象徴する20世紀の名建築である。建築家アールトを知らぬフィンランド人はいないだろう。彼は家具や建材、什器もたくさんデザインしていて、それが北欧デザインの原型になっている。

20世紀初頭、誕生したばかりの近代国家フィンランドには、豊かな森だけがあった。その豊富な木材をすぐれたモダンデザイン家具に変身させ、工業化し量産化することによってフィンランド経済を活性化させた立役者がアールトだった。すぐれた建築や家具のデザインで国民的英雄となった建築家は、世界中でもフィンランドのアールトだけだろう。

アールトの建築を中心にした北欧の近代初期の建築視察が、今回の旅のテーマだった。スェーデンのストックフォルムから船でバルト海を渡りフィンランド入りし、最初に訪れた街が古都トゥルクである。バルト海に面するトゥルクは、フィンランド最古の町で、1812年にヘルシンキが首都となるまでフィンランドの中心都市として栄えた港湾都市だ。

トゥルクを訪れたのは、どうしても見たいふたつの建築があったからだった。アールトの初期の傑作「パイミオのサナトリウム」(1929〜33)と、知る人ぞ知る名建築「トゥルクの葬祭場(復活の礼拝堂)」(1941)である。実際に訪れてみて、いずれの建築も人を慈しみ抱くような空間であり、言葉ではとうてい表現つくし得ない。

巨匠アールトの影に隠れてあまり知られていないが、建築家エリック・ブリュックマン(1891〜1955)の「トゥルクの葬祭場(復活の礼拝堂)」のインテリアが特にすばらしかった。建築がデザインとして、奇をてらわず気品があり、人にも自然にも優しいのである。現代建築が忘れ去ってしまった何かが、ここにあるように思う。

互いに信頼し合い、互いの助け合わなければ、人は生きていけない。フィランドの厳しい自然は、人にそう強いる。だから、フィンランドの人々は人に優しいのだろう。また、フィンランドの自然は美しい。その美しい自然が、生まれたときから、子供の頃からフィンランド人のデザインセンスを磨き続けている。だから、北欧デザインは、さりげなく普通に美しくて魅力的なのだろう。それが、『フィンランディア』の心のように思う。

日本も、美しい自然も建築もまだまだたくさん残されている。いまからでもまだ間に合う。そう確信したフィンランドの旅だった。


染谷正弘染谷正弘(そめや・まさひろ)
建築家 DSA住環境研究室代表 文化女子大学講師
戸建住宅や集合住宅の設計を中心に、住まいづくり、街づくりにたずさわる。
「コミュニティーをデザインする」という発想のもと、大規模集合住宅のデザイン・プロデュースを数多く手がける。
(株)DSA住環境研究室:http://www.ds-architects.co.jp