その昔、ヨーロッパでは、教会の鐘の音が聞こえる範囲が、その村の大きさでもあったという。もしほんとうに鐘の音がコミュニティの大きさを決めていたとしたら、なんてロマンティックなことだろう。美しい田園風景にひろがる茅葺きの家々や、丘の上の教会の尖塔や鐘楼の光景が、目に浮かぶようだ。
たぶん、その頃は、風にそよぐ木の葉の音、小川のせせらぎ、小鳥や虫の声など、自然が奏でる音はとても豊かで、教会の鐘の音とともに、その街や村ならではの素敵な音環境ができていたに違いない。音環境は、街の景観以上にその街のアイデンティティを表現していたのかもしれない。そのことは、日本でもそれほど変わりはなかったろう。毎年大晦日に聞こえてくる除夜の鐘が、そのなごりではないだろうか。
さらに、私たち日本人には、風鈴に涼を、ししおどしに静寂を、虫の音には時の移ろいのはかなさを感じるセンスと、それを培ってきた精神風土がある。日本人は、日常生活のなかで感性豊かに、さまざまな自然素材を生かし、風力や水力を使って音を創り楽しんできた。でも、それはもう遠い昔のことになってしまった。
私たちの生活から、静寂とともに自然が奏でる音が消えて久しい。聞こえるのは、車や電車の走行音、エアコンや冷蔵庫のモーター音や電子音など、人間が作る雑多な生活音ばかりだ。そんな雑音の集積体である暗騒音がいつも地鳴りのように鳴り響く都会の喧騒の中に、いまの私たちの暮らしはある。よほどの田舎でない限り、都心も郊外も、その音環境はあまり変わらない。
現代生活の音環境を変革すべく、音楽でも信号音でもない第三の音を創ろうという新しい試みがいま始まっている。音の景観をデザインするという意味から、それはサウンドスケープ・デザインと呼ばれている。風や雨の音を、自然の力を利用し、自然に増幅、再生させ、日常生活に取り込もうとする試みだ。風鈴やししおどしの現代版と考えてよいだろう。
たとえば、風がある発音体を通り抜けることによって音が生まれ、伝通管を通ってぜんぜん違うところでその音が聞こえる仕掛けがある。その音色も強弱も、風速や風向きによって様々に変化する。それをコンピュータ制御で照明と連動させたりもできる。だから、外の風を、室内にいながらも音や光で感じたり、自然をこれまでとは違ったかたちで体感し楽しめる。雨の音も、小川のせせらぎも、海の波の音も、また人が歩く足音さえも、同様の原理で再生されて、どこにいてもその音を楽しむことができる。
大規模マンションのランドスケープ・デザインと一体化されてサウンドスケープ・デザインされれば、その集住体(コミュニティ)ならではの音環境の演出ができ、個性的な住空間が実現できるだろう。音をテーマにした街づくりだ。住民は、音によって自分の街を、住まいを確認できる。それが、住まうことへの安心感と心地よさを生むことになろう。サウンドスケープ・デザインは、日本人に本来的に備わっている豊かな感性をもう一度覚醒させ、日本ならではの音の文化を再生させようとしているのかもしれない。 |
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