異文化コミュニケーション研究科には、
古代ギリシアの広場「アゴラ」のような知の出会いと広がりがある。


 「異文化コミュニケーション研究科」の最大の特徴の一つ。それは、研究領域を言語や風習といった人間による多様な文化にとどまらず、自然環境をもその対象=異文化として捉えていることです。

 私たち人間の暮らしは、自然を舞台に、自然を資源とすることで発展してきました。そして今、世界ではさまざまな環境に対する問題意識が高まっています。私自身は、研究者になる以前は、主に環境庁で自然保護問題や公害などの環境問題と直面してきました。そうした中で私は国土にかかわるさまざまな環境問題の根幹は自然環境問題にあるではないかと考えました。それで、自然と人間の関わり方を探求していくことをライフワークとするようになったのです。

 私の本研究科の最初の講義は「環境文化特論」(前期)と「環境政策特論」(後期)でした。テーマとしたのは、今様の環境問題はどういう傾向にあるか、過去にはどんな問題と向き合ってきたのか。そしていま、人々はどんな環境問題に関心があるのか。また、関心がもたれない中にどのような問題が眠っていたり、芽生えているのか。そうした状況を分析したうえで、核心となる問題を発見し、その問題を解決するために、我々一人ひとりに何ができるかを探ることでした。

 環境問題の難しいところは、原因がすべてわかって因果関係が立証できてから対策を講じる、というやり方では取り返しがつかない点です。そのためには、私たち自身が自分たちが築き上げてきた科学技術や社会制度を破綻させることなく、地球環境と有機的に統合させることのできる新たな知恵を構築していかなければなりません。

 そして、そのためには国と国、地域と地域の異文化コミュニケーションはなくてはならないものといえます。なぜなら、環境問題は地球のある特定エリアが取り組めば制御できる問題ではないからです。国籍も考え方もライフスタイルも異なる人々が、同じ地球市民として一つになって環境問題に取り組んでいかなければ、よりよい解決は不可能です。環境問題は、「自分たちの国だけでやればいい」問題ではないからです。例えば、古代ギリシアやローマを源流とする西洋の文明、価値観、宗教観で育ってきた欧米の人々と、森羅万象に神様がいるとする八百万神を日常的に信じてきた日本人とは、自然に対する考え方、接し方が異なります。だからこそ、たった一つのかけがえのない地球の未来を考えるとき、異文化コミュニケーションの手法が必要なのです。

 そうした研究を真剣に行うための場として、「異文化コミュニケーション研究科」があります。ここには、いろいろなところから多様なプロフィールと個性の持ち主たちが集まっています。そして、出会い、お互いの知識を刺激しあい、価値観と展望を広げています。そして、またそれぞれの分野へ帰って研究を深めている。こうした知の広場とも呼ぶべき場所が「異文化コミュニケーション研究科」であり、それはまさに古代ギリシアで市民が政治や文化について語り合った広場「アゴラ」の現代版といっていいでしょう 。

自然の中で得たもの、感じたものが、
さまざまな問題の解決につながっていく 。


 私が本研究科で行っている重要な試みの一つが、フィールドワークです。「リサーチ・ワークショップ」と名づけた本講義は、これまでに上高地、屋久島、東北海道(知床、オホーツクの村、釧路湿原など)を舞台に、多くの院生と語学の先生たちもが参加し、行われました。

 彼らにとって、こうした濃密な自然の中に入っていくことはほとんどが初めての体験です。そして大自然の中には、何もかも揃った日常の都市生活では想像もしなかった静かさや闇があります。そうした環境の中で、彼らのモードが切り替わる瞬間が訪れます。それは、人と人との関係の前に、人と自然との関係があることを再発見するとき。自分というものが自然の一員であることを実感するときです。その瞬間こそが、環境コミュニケーションの入口といってもいいでしょう。

 自然というリズムの中に自分を置いたとき、自分という存在がわかってくる。自然に教わる哲学こそ、すべての問題を解決する糸口となってくれるものなのかもしれません。一つの大きな調和のもとに成り立っている大自然は、分化しているものだけで判断すると、見間違うことがあるのではないかという危機感を私たち現代人に与えてくれます。

 また、そうした出会いの場をコーディネートし、自然の謎解き、自然の側からのメッセージを通訳してくれるような人材もこれからの社会には必要です。環境コミュニケーションの「インタープリター(通訳者)」が育ってくれることが私の願いの一つでもあるのです。自然が持っている装いや現象に人間が触れる。自然を舞台にして、人と人のコミュニケーションが存在することを実感する。そこで得た知識や感動が実感できて、そこから環境に負荷を与えないライフスタイルに変わっていくことに私は大きな希望を感じています。

 私は仕事を通じて多くの環境問題に出会ってきた経験を土台に、頻繁に自然の中へフィールドワークに出かけ、その叡智に触れながら、研究を深め、今日に到っています。そんな私が今、恐れているのは環境破壊による人の心の破壊です。自然のつながりがほころび風景が乱れることで、人の心が乱れる。国土の崩壊、環境の破壊が、人の心まで壊してしまう時代。まさに「環境破壊パート2」ともいうべき現代こそ、自然に学び、自然と人間との関わり方を真剣に研究すべきときなのではないでしょうか。

 私はこの3月までで、本研究科での特任教授の職を辞し、フィールドワークを軸とする自分のライフワークに残りの人生をかけていきます。自然と共生する社会の実現には、日本の伝統的自然観の継承と最新科学(知性)との融合が欠かせません。循環型社会への転換は、根気と努力が要求されるとしても科学技術や社会制度で対応が可能ですが、自然共生型社会は、もの(資源)やエネルギーの挙動を科学的に研究するだけでは実現できないでしょう。地球環境と現代社会が抱えるさまざまな問題を解決していくために、これからも「異文化コミュニケーション研究科」が、知性と、自然から伝わる感動などの感性の橋渡しをする環境コミュニケーション・環境文化論を論じる場として発展していってほしいと思います 。

【プロフィール】
せた のぶや 1938年、大阪市生まれ。1961年に北海道大学農学部を卒業後、厚生大臣官房国立公園部に勤務。以後、総理府 中部圏開発整備本部、環境庁 自然保護局、国土庁 計画・調整局、長崎県環境部、環境庁長官官房広報室、環境庁 自然保護局 企画調整局環境影響審査課を経て、環境庁 長官官房審議官を務める。1992年に環境庁を退官。1997年、立教大学観光学部非常勤講師、2002年より同大学院「異文化コミュニケーション研究科」特任教授を兼任。(財)国立公園協会理事長としても活躍中 。

他のメッセージはこちら
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(立教大学大学院「21世紀社会デザイン研究科」 特任教授 伊藤道雄)

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