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チャプレンの言葉

「軽率なひと言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。」 
(箴言12章18節) 立教大学チャプレン長 佐藤 忠男

2010年6月16日掲載

語感

寺院が建ち並ぶ禅林街と呼ばれる通りを歩いておりました。珍しく澄み渡った空へ真っすぐ伸びている杉木立。崩れかけた土塀越しに咲く紅梅。閑静な時の流れの中にそれぞれの居場所を見つけて、きちんと収まっている。遠い昔の懐かしさが今によみがえり、眼前に広がっているようで、なんだか大きな得をしたような気分です。

と、そんな時、いきなり「焼き場は何処ですか」と尋ねられました。

言葉は意思を伝える道具でしょうが、意思だけが伝わればそれでいいと言うものではありません。そのもちい方次第では品性を疑われたり、相手に不快感を与えてしまうこともあります。

「焼き場は何処ですか」と問われて思い出したのですが、よく斎場などで「焼き上がるのは何時頃かな」という言葉に触れることがあります。血も涙もなく、情け容赦のないその言葉に憤怒の念を禁じ得ないし、何よりも気色悪い。確かに「焼き場」でも「火葬場」でも「斎場」でも、あるいは横文字の「クリマトリゥム」でも、その役目に変わりがあるわけではありませんが、それでも「焼き場」となると語感がよくありません。それに「焼き上がる」に至っては、もはや何をか言わんかなです。悲しみ嘆く人たちの心を蹂躪(じゅうりん)するも甚だしい。

だから私たちは「クリマトリゥム」とまではいかなくても、せめて「火葬場」とか「斎場」を使って、直接的表現の「焼き場」だけは遠慮したいものです。また、「焼き上がる」も「拾骨は何時頃でしょうか」に改められるべきです。

ちょっとした言葉遣いで、その場の空気がさわやかになったりよどんだりもするものですし、品性までも疑われかねません。このことを知ってか知らずか「便所」が「厠」「手水場(ちょうずば)」「お手洗い」「化粧室」「トイレ」「レストルーム」と世間体をはばかりながら変わってきています。小さなことですが、とても大切なことを教えてくれていると思います。

「チャプレンからの今週の言葉」2010年5月31日号より