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チャプレンの言葉

「互いに愛し合いなさい。」 
(ヨハネによる福音書13章34節) 立教大学チャプレン 金 大原(キム デウォン)訳:立教大学チャプレン 香山洋人

2010年8月16日掲載

ソウルの繁華街、ミョンドンでのことです。大学生とおぼしき女性が「抱きしめます」と書かれた看板を持って立っていました。好奇心だけで見ず知らずの人を抱きしめることなどできないわけですから、多くの人はその様子を見物していました。ところが意外にも何人かの人々が立ち止まり、彼女と抱き合い、あるいは握手をしていました。ある人はしばらく抱き合ったまま涙を流し、感謝の言葉を告げていました。

これは「Free Hugs Campaign」(フリー・ハグズ)というものでした。温かな抱擁が痛みを癒すという「ハグセラピー」から始まった運動です。慰めを必要とする人々には、百の言葉よりも抱擁が効果的なのかもしれません。けれども今日の地球村は、このようなキャンペーンが必要なほど、多くの人々が関心と愛情を必要としているのであり、温かな慰めを与えてくれる人が身近にいないことの反証かと思うと、寂しい限りです。

わたしは「愛」を基本的真理とするキリスト教の聖職者ですが、もちろんキリスト教だけではありません。古今東西、真理について語るものであれば誰でも、「互いに愛し合いなさい」と語ってきたはずです。けれども、いかに優れた理論、聖書や仏典を読みつくしていたとしても、その理論と哲学に従って生きることができなければいったい何になるでしょうか。

ですからミョンドンの真ん中で、慰めを必要としている人であれば誰であれ抱きしめますよと堂々と立っていた小柄なその女学生を忘れることができません。それは好奇心から近寄ってくる人を抱きしめるのではなく、時代の病をそのまま受け止めようという呼びかけのようであり、この記憶がよみがえってくるたびに、わたしは自分を恥ずかしく思いさえするのです。

「チャプレンからの今週の言葉」2010年6月21日号より