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チャプレンの言葉

「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。」 
(蔵言 4章23節) 立教学院チャプレン長 佐藤 忠男

2010年11月1日掲載

神さまでもビリになるの?

幼稚園のお昼休みの時間。子どもたちは園庭のあちこちで楽しそうに遊んでいるのに、ただ一人、荒磯の灯台のようにたたずみながら何かをじぃーと見つめている男の子。入園式から一週間も経過していない時期は、特に新入園児の挙動には気を使う。私はちょっと気になったので、それとなくその子に近寄っていくと、「あれ、おじちゃんの家か?」と、いきなり教会を指差して口を開いた。教会は礼拝堂や幼稚園、牧師館などが一緒みたいになっており、入園して間もない子にそれぞれの違いを説明しても理解できないだろうと思ったので、「そうだよ、おじちゃんは、あそこに住んでいるんだよ」と答えてその場は切り上げた。

そうとは知らない幼稚園の先生は子どもたちを前にして、教会(礼拝堂)の説明をしている。「みなさん、ここは神さまのお家ですよ。だから騒いだり、ふざけたりしないで、静かにしましょうね」。当然のことながら、その中に件の男の子もいた。その子は「では、あの神さまのお家を、しょっちゅう出たり入ったりしている黒い服を着た人は、神さまなのかな」と思ったらしい。

それから間もなくして幼稚園の運動会。お父さんたちの徒競争種目に急遽、私も出ることになった。そこは幼稚園の運動会。全力疾走するのも大人気ない。ご愛矯のつもりでと、他人に華をもたせることを主眼にして走って、見事にビリ。先ずは一件落着と、子どもたちが待機している席の後ろを回って本部席へと歩いていたら、例のあの男の子が私に「神さまでもビリになるの?」と、怪訪な顔で私を見ている。最初は何のことか分からなかったが、後になって、私が「あそこに住んでいるんだよ」と言ったことと、幼稚園の先生が「礼拝堂は神さまのお家ですよ」と言ったこととが組み合わさって、いつの間にかそこに住んでいる私が神さまになってしまった次第だと気付いた。

私は神さまのイメージを壊してしまったことを、神さまに対しても、そして、あの男の子に対しても申し訳ないことをしたと反省することしきり。これからは、しっかり説明し、しっかり走ろうと。神さまと人のために。

「チャプレンからの今週の言葉」2010年7月5日号より