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チャプレンの言葉

「わたしたちはあなたがたを広い心で受け入れていますが、あなたがたは自分で心を狭くしています」 
(コリントの信徒への手紙2 6章12節) 立教大学チャプレン 八木 正言

2010年11月16日掲載

「わたしの長所は何でしょうか?」「わたしらしさって何だと思います?」

就職活動中なのか、周囲にいる学生諸君からそんな質問を受けることがよくある。その人の長所が思い浮かばないわけではないが、そんなときには即答せずに決まってこう聞き返す。「あなた自身は自分の長所や個性をどう見ているの?」。

ところが、この質問にはなかなか答えが返ってこない。口ごもってしまう。まるで、それが分かっていればこんなところにわざわざ聞きには来ないのだと言いたげだ。

しかし「じゃあ、あなた自身の短所はどんなところ?」と聞いてみると、これがスラスラと答えが返ってくる。場の空気が読めない、人見知りが激しい、みんなといると何でも安請け合いして後になって困り果てる、などなど。

統計を取ったわけでもないし、一大アンケートを展開したわけでもないが、既述の質問を投げかけてくる学生諸君の多くのケースがこれに当てはまる気がしている。そして、彼ら彼女らが短所と見なしている点には共通点があると感じている。すなわち、大勢の中にいて多数派ではない意見を自分は持っていると感じたとき、つまり少数派であると感じた点が、そのまま自分の短所、欠点と見なすことの根拠となっているという点である。

自らが短所と見なしていることが理由となって著しく失敗をしてしまったのではなく、みんなはAというのに自分はBだと思っている、そんな寂しさなのか悲しさなのか、それが彼ら彼女らの短所と思い込んでいる内実だったりするのである。

空気を読まない方がいいときもある。人見知りが功を奏して騙されることを回避できるときもあるかもしれない。安請け合いだって頼りにされている証拠かも知れない。

自分で自分を追い詰めないでほしい、そう思う。人は誰でも愛されるに値する存在なのだから。

「チャプレンからの今週の言葉」2010年10月18日号より