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チャプレンの言葉

「正しく時を見極め、悪から身を守れ。いたずらに自分を恥じることはない。」 
(シラ書4章20節) 立教学院チャプレン長 佐藤 忠男

2011年2月16日掲載

馬の背の上での事

初めて野外キャンプに参加したのは中学3年生の夏。場所は岩手山南麓に広がる面積26平方キロの我が国最大の民間農場である小岩井農場。なだらかに広がる丘陵地のそこには、柔らかな緑のクローバーが一面に敷きつめられている。思わずその上に大の字に寝ころんで大声で何かを叫びたい衝動にかられる。そんなとき、農場の職員が馬を連れて通りかかった。馬の眼は優しい。その優しい眼が私をジーッと見つめて動かない。私はその馬の眼差しに引き寄せられるように「乗ってみたい」と言ったものでした。それまで私は馬に乗ったことは皆無でした。しかしこの不用意な一言はこの後、私に失態を演じさせるプロローグとなります。

「乗ってみたい」と言ったのは、文字通り馬の背の上に乗ってみたいという願望だけに止まるもので、それ以上のことではありませんでした。手綱だけで鞍を置いていない裸馬同然とも言えるその馬の背に乗ったときは、やたら緊張していたのですが、乗ってもおとなしくしている馬の様子に「なんだ、簡単じゃないか」という傲慢な気持ちが膨らみ出し、こうして背の上だけに乗っているだけならつまらない。そう思ったら、その思いが馬にも通じたのか、途端に馬は勝手に、ゆるやかに歩き出した。この時点では、障害物の何一つとしてない草原のようなここでは、たとえ落馬したとしても、下は柔らかい草が生えているから、ちょっと飛び下りればどうということはないと思っていたので、それほど不安を覚えることはありませんでした。

しかし、馬は動き出した歩みを休めることなく、ひたすら真っ直ぐに歩きながら止まらない。馬上の私は次第に心細くなり「曲がれ!」と叫んだが馬は馬耳東風の態。「止まれ!」と言ってもみたがこれも馬の耳に念仏。窮した私は人が騒ぎを静止させる時に使う「シーッ」という声を発したところ、それまで以上に馬は速度を増して駆け出す。この頃になって、後方から「佐藤君、飛び下りろ!」と叫んで追い掛けてくる人の声が聞こえたが、飛び下りる勇気がなかなか出てこないし、そのタイミングをつかもうとしてつかめない。この期に及んでも、飛び下りて怪我をしやしないか、馬の蹄(ひづめ)に蹴られやしないか。こんなことばかりを考えて決断が鈍る。こうして馬の首根っこにしがみついていたら、いつのまにか馬はその歩みを止めた。そこへ追い掛けてきた人が来てくれて、何とか事なきを得て一件落着と相成った次第。

みんなからは「止めれば良かったのに」と言われたので 「止めようとしてシーッ、シーッと言ったら、ますます走り出してしまった」と言い訳をすると、「馬はシーッと声をかければ、どんどん走り出すよ。馬を止めるときは、ダーッ、ダーッと言わなければ」と注意された。馬はロシア語が分かるのかな…?

とにかく落馬しようとすることは馬に乗ること以上に、勇気と決断が要るということを体験できた遠い夏の日のことでした。

「チャプレンからの今週の言葉」2011年1月15日号より