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チャプレンの言葉

「第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。」(創世記 2章2−3節)立教大学チャプレン 金 大原(キム デウォン)

2011年10月3日掲載

人生の余白

若い作曲家の作品発表会に参加したことがあります。心配した通りに難解な曲でした。美しいメロディーも、心を落ち着けてくれるハーモニーもありませんでした。いろいろな国の民族楽器でそれぞれの音色が調和しなかっただけではなく、不協和音が続いた上で、急にすべての音が消え何秒間も静寂が続くなど、鑑賞ではなく忍耐力を必要とする演奏会でした。この作曲家と話し合う機会がありましたが、彼の話によれば、絶え間なく続くメロディーと和音だけではなく、不協和音や休止の部分も音楽の大事な部分ということでした。私は、音が止まってからの静寂の時間の方がより安らかだと思っていたので、ちゃんと鑑賞したわけです。彼はこの静寂を余白だと言いました。

西洋画をよく見ると、キャンバスに隙間なく色が塗られていることが分かります。白い背景も白色で塗ります。線や面や空間、それだけでなく人の心や魂までも色で表します。一方、東洋画には色で塗られていない余白があります。東洋画における余白は筆のタッチほど重要です。何も描き入れずに空いている空間、すなわち余白は描いたものを引き立てて見えるようにします。東洋画から特有の品位と尊さが感じられるのは、実はその余白のおかげだと思います。風景であれ静物であれ、支える余白との調和によって鮮やかな一つの絵が完成されるのです。

私たち人間の人生も、一曲の音楽や一幅の絵画のようではないでしょうか。勉強や仕事や愛情など、他人に見える部分がメロディーや筆のタッチだといえば、独りで思索にふけって自らを振り返ったり悩んだりするなど、自分だけが感じられる感情のことがまさに余白にあたります。実は、余裕を持って自分に集中することだけではなく、何もせずにただ休むことも大事な人生の余白だと思います。長期のお休みには、どう遊ぼうか悩まずにただ休める時間を持ってみてはいかがでしょうか。神様も6日間の天地創造後に休まれたのです。

「チャプレンからの今週の言葉」2011年7月19日号より