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  • 「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも わたしがあなたを忘れることは決してない。」

チャプレンの言葉

「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも わたしがあなたを忘れることは決してない。」
(イザヤ書 第49章15節)立教大学チャプレン 宮崎 光

2011年12月1日掲載

忘れない他者になろう

父は、大学生時分の私に、「とにかくノートは何でも取っておけヨ」と教えました。以来私は“メモ魔”のように、すぐ何でも書き留めたい性分です。酒宴でも、ペンとメモ紙の使用率は高いかもしれません。ハイ・テンションの集いは、美しい言葉、名台詞、格言、ウンチクなどに出合うことが多いのです。翌朝、ポケットに脈絡不可解なメモを何枚も見つけることもしばしばですが…。

人間は“忘れっぽい”生き物だと思います。つい大事なことを忘れてしまいます。人と約束したこと、合意したこと、やるべきこと…。誰にも、つい忘れて失敗した苦い経験があるでしょう。その一方で、辛いことや悲しいことについては、その生々しい痛みも、時につれて緩和され、いつしか忘れられるから、新たに生きていられるのだとも思います。

ただ、自分では忘れてしまえることが、他者からは忘れられないことであるとき、その事柄は“忘れていない”他者との出会いの中でよみがえります。記憶し続けることは、その出来事や人の命を生かし続けるものなのだと思います。反対に、忘れることによって、それらは完全に失われてゆくのです。これをある人は、「人がこの世に生きていたことがなかったかのように、生者の世界から忘れ去られたとき、初めて彼は本当に殺される」と言い、これを“忘却の穴”と表現しました。だからこそ、冒頭に掲げた聖書の言葉、「あなたを決して忘れない」という神の存在は、人をいつまでも生かし続けるものとなります。

キリスト教会の暦では、11月初旬は亡くなった人のために祈る時と定められています。先立たれた愛する人を思い起こすことによって、その生涯を通して示された、人知を超えた“神”なる存在からの何らかの軌跡を、私たちは確認することができるでしょう。

そして今、生きている私たちが、愛する人の存在を生かし続ける他者となってゆくのです。ぜひ、先立たれた愛する人、大切な人に向かって、語りかけ続けてみようではありませんか。「わたしがあなたを忘れることは決してない」と。

「チャプレンからの今週の言葉」2011年10月31日号より