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チャプレンの言葉

「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」
(コリントの信徒への手紙一 3章6〜7節)

2012年2月1日掲載

木に育てられて

岩手県盛岡市から南へ約30キロの地に南部杜氏発祥の地として知られる石鳥谷(いしどりや)町があります。2006年に花巻市と合併して、今では近代的な様相を呈していますが、戦後間もない昭和20年代末期には田んぼと原野の世界が広がっているだけでした。その原野を友人のT氏はすきとくわで敢然と開墾に挑み、10数年後に訪ねた時には、部屋も建て増しされ、沢の水を利用した風呂場もあり、母屋から少し離れた下方には、彼が造った人工の池があり、見るとそこには魚影も確認することができました。「時々、ここで釣りをするんですよ。こんな山の中ですから、どうしても魚が欲しかったんですよ。部屋からすぐですから、魚市場が部屋にくっついているようなもんですよ」と言って豪快に笑う。

それからT氏は急に改まった口調で「ところで、木が無ければ私は生きてゆけなかったと思っています」と、自分のこれまでの苦しかった開拓時代を振り返るかのようにして語ってくれました。「水が無ければ…」とは、よく耳にしますが、「木が無ければ…」ということは、私には耳新しいことでしたので、それはどうしてですかと尋ねたら、「木は葉を茂らせて木陰を作り、風を防いでくれます。やがて落葉し、その落ち葉が散り敷かれて肥えた土となり、雨水を適度に保水して農作物の成長を盛んにしてくれます。また小鳥たちが木でさえずり、心を和ませてくれます。私は木に育てられてきたんです。木が無ければ農業はできないと思っています」と語ってくれました。木々の葉のそよぎが気持ちよい昼下がりのことでした。

「木を育てる」とはよく聞く言葉ですが、「木に育てられる」とはなんと含蓄に富んだ言葉でしょう。こんな時代に生きる私たちにはかみしめてみるべき言葉だと思います。

「チャプレンからの今週の言葉」2011年12月19日号より