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チャプレンの言葉

霊の導きに従って歩みなさい。(ガラテアの信徒への手紙5章16節) 立教学院チャプレン長 五十嵐 正司

2013年10月15日掲載

4月1日から立教学院で働くこととなり、学生、生徒、児童、教職員また保護者の方々と出会う機会が与えられましたことをありがたく思います。立教学院は「キリストの教えの下に」人を育てる教育を続けて139年が経ちました。この間、多くの人々が立教を巣立ち、社会において世界において、立教ならではの貢献をしてきたであろうと推察し、嬉しく思っています。

立教の貢献とは、この世の価値観とは少し違った考えをもって話し、決断し、行動することにあるのではないでしょうか。キリストの教えは状況に応じてさまざまな言葉で伝えられていますが、キリストがこの世を去る前に遺言のように伝えてくださった次の言葉は、人間の生きる指針として受け止めたい言葉です。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネによる福音書13章34節)

聖書には、今、生きている人々と互いに憐れみを持って関わり、特に貧しい人を忘れないようにと記されています。ミレーの絵「落ち穂拾い」は多くの人の記憶にあることと思いますが、旧約聖書の申命記に記されている言葉を思い起こします。人道上の規定と言われる部分ですが、貧しい人(寄留者、孤児、寡婦)も生きることができるようにと、「畑で穀物を刈り入れるとき、一束を畑に忘れても、取りに戻ってはならない」との規定です。貧しい人が落ち穂拾いをできるように、全部を取り尽くしてはならないとの規定です。また、大きな祭りをする際には、必ず貧しい人(寄留者、孤児、寡婦)を招いて共に喜び、祝いなさいと記されています。この価値観はイエス・キリストが貧しい人、悲しんでいる人、泣いている人に積極的に関わっていた姿勢にも見ることができます。

わたしはこの3月末までの14年間、九州地方で過ごしてきましたが、印象的に思い起こしますことは、歴史を手で触れるように学んだことです。わたしの事務所が置かれていた町は、鎌倉時代に元寇(げんこう)の戦場となっていたところです。どれだけの人がこの場所で殺し、殺されたのか、どのような思いでこの場にいたのかなどと想像しました。車で1時間ほど南に行きますと吉野ヶ里遺跡があります。そこは、2000年程前から大陸と交流のあった遺物が多数発見されています。遺跡からは多くの甕棺(かめかん)が発見され、ある甕棺の中には、首のない遺骨が納められており、胸には弓矢の矢尻が二つ見つかっています。唐津には、豊臣秀吉が朝鮮半島を攻撃する拠点として建てた名護屋城があります。海を眺めながら、そこから出兵した兵士たちが大陸で殺し、殺されたことを想像しました。鹿児島にも熊本にも西南戦争の犠牲者の碑がありました。また墓地に行きますと、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争の犠牲者への鎮魂碑を見ます。そして長崎では原爆投下された爆心地に立ち、さまざまに思い巡らしました。

九州で目にした歴史は、戦争に戦争の連続であったように思えるのです。もちろん、自分たちが生きるため、自分の家族が、仲間たちが、日本が生きるための戦いであったのでしょう。しかし、敵対する人々とも共に生きて行く道を模索しなければ、人が人を殺し、殺される戦争の歴史は終えることができないでしょう。

身を守る本能を人は持っていますので、心の制御なしに、自然のままに、本能の赴くままに生きるならば、悲しい歴史を更新することになるのではないでしょうか。

しかし、違う価値観をもって、意識的に生きるならば、人間の歴史に新しいステージを造り出すことができるのではないか。「互いに愛し合いなさい」とのキリストの掟を生きる基準とできるならばと願います。

キリストの弟子であるパウロは次のように勧めています。「霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。」

雑誌『立教』第226号より