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昨夏、コミュニティ福祉学部の学生有志とバングラデシュの「村の学校」づくりに関わった。きっかけは私が担当している授業のバングラデシュ研修である。
コミュニティ福祉学部では1998年4月の学部開設以来、正課教育の一環として「フィールド型学習」を展開してきた。私が担当する「フィールド・スタディ入門」<国際福祉/バングラデシュへの旅>という海外プログラムもそのうちの1つである。このプログラムの目的と意義は、1人では行きにくい南アジア・バングラデシュの現実を自分の目で見てもらいたいこと、そして「現場に立って自分に直面する経験」をもってもらいたいこと、等である。
当初、手探り状態ではじめたこのプログラムも、6回目の2003年夏、「村の学校」を建設・寄贈するボランティアが登場するまでに成熟した。 |
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●継続は力である
6年前このプログラムが開始した時、必ず3回は続けようと心に誓った。3回でプログラムが成熟することはかつて英国シェフィールド大学プログラムを3回行なった経験から得た私なりの確信である。
案の定、3回目の訪問から帰国後、学園祭での展示とグッズ販売を初めて参加学生と一緒に行うことができた。またこの年から報告集を出すようになり、当初の目的の1つであった自分たちの経験を他者に伝達するということが可能になった。
継続はまた、思わぬ可能性を生む。
4年連続訪問している現地NGO「パプリ」から本学学生の訪問滞在は自由ですとお墨付きをもらった。個人でもグループでも、1週間でも1ヶ月でも、半年でも1年でも、と。ありがたいことである。そしてこれまで2人の学生が1月と半年の滞在を終えている。
●「この指とまれ」のひと言で始まった
パプリはルシンリ県・ナラヤンプール村にある。ここは、首都ダッカの東北に位置し、車で3時間ほどのところである。パプリはPapri=「花びら」という意味で、国花=「蓮」の花びらを意味する、農村の生活向上(貧困の克服、保健衛生の改善、教育の普及)に関わるNGOである。ここには1999年以来、毎年学生と一緒に訪問滞在して、農村の生活改善の活動、とりわけショミティ(ベンガル語で「集団」を意味する、生活改善を目的とした相互扶助グループ)を主に見学させてもらっている。
2003年度の訪問時にバセッド所長から「村の学校」の構想を聞き、私は即座に寄贈を申し出た。帰国してゼミや授業で「この指とまれ」と提案したところ、すぐさま7名が私の指にとまった。それだけではなく私の負担を軽くするため、彼らはバザーを開いたり「1円募金」箱をスーパーや店に置かせてもらうよう交渉し、資金の一部を集めるために動いてくれた。
そして昨夏、正規受講生14名、前年の参加者他10名の別働の学生とともに、「村の学校」建設の最後の仕上げに汗を流した。
いよいよ開校となった当日は、村人や関係者がたくさん集まり、完成を祝った。
今後、この建物を使って早朝は小学生の補習学校、昼間は若い女性の教育、夜は成人男子の識字学級に供される。私は運営費の一部を数年間提供することを約束している。
多くの人から「ありがとうございました」と言われたが、私たちの返事は「どういたしまして」ではなく「ありがとうございました」であった。
●「若者は飢えてはいない、渇いている」
今までバングラデシュは観光の対象にならなかったが、昨年からわが国の大手旅行会社がバングラデシュの世界遺産や世界最大のマングローブの森、ベンガル虎を見学するツアーを始めた。中高年の人に好評を博していると現地の人から聞いている。彼ら中高年は、われわれが通っているストリート・チルドレンのシェルーターや貧しい村の生活改善運動には当然関わらない。しかし、若者たちはたぶん逆であろう。今、わが国を指して内外から言われている「豊かさに敗れた国」「豊かさに敗れた若者」という表現には慎重にならざるを得ない。私は学生たちと上記のような活動を行なってきて、豊かさに敗れたのはむしろ、かつて飢餓を経験した「おとな」の方ではないかと、つくづく思う。
私はバングラデシュでも、「若者は飢えてはいない、渇いている」という自らの若者観への確信を強めた。
若者たちの渇きが潤されてゆくのをそばで立ち会っている筆者をみて、当事者の若者の1人がこう言った、「先生、いい商売ですね」と。
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「僕のした活動は万々歳」 コミュニティ福祉学部4年次 樋口 隆
村の学校を作る!そう岡田教授から聞いたのは2003年11月のこと。何か胸が踊る感覚があったのを今でも覚えている。僕は真っ先にそれに飛び付き協力姿勢を表明した。その後再びバングラデシュに降り立ったのは翌年3月のことであった。パプリに行き村の学校建設の打ち合わせも兼ねた旅であった。
滞在中僕に何が出来るかを必死に探した。ただ学校を作るだけでは物足りなかったと言えばそれまでだが、何か形に残したいと考えていた。そんな中出会ったのがバングラデシュで活動する1人の日本人であった。彼は1年前(当時)に単身でバングラデシュに行き、NGOなどの市民活動をすることを目的とし、言語を勉強しながらダッカ大学に通っていた。現在は言語も習得しストリートチルドレンの施設を開設している。彼は0を1にする活動を常に念頭に置き様々なことを行っていた。例えば、貧富の差が激しいバングラデシュでは有り得ない募金活動をダッカ周辺の各店舗で展開したり、富豪層の子どもが通う英会話学校の学費から生徒1人毎月1タカ(2円程度)ずつ集めるなどの活動をした。これを間近で見ていて1円基金を思い付いた。日本で募金活動を行う団体は多く存在する。これらと差別化を図りたく1円と付けた。
今回の学校建設費用には学園祭でバングラデシュの民芸品を、一日ボランティアデーでバングラデシュのカレーを販売した収益も含まれている。それは岡田教授が一人で全額出すより、民芸品を買った人それぞれの想い、カレーを食べておいしいと思ってくれた人の想いが込められたお金が、たとえ少量であっても含まれている方が気持ちがいいという理由である。そんな目的に今回の1円基金は上手く合致した。つまり1円と付けたことにより、より多くの人が協力してくれるという仕組みだ。5万円集まれば5万人が協力した可能性がある。気持ちの良いお金が今回の僕のテーマだ。
そんなことを学校落成式のスピーチでは話したかったのだがなかなかうまくいかないもので彼らの熱い視線の前に僕は沈黙してしまった。しかしそんな想いがあの学校には込められていることが少しは伝わったと思えば僕のした活動は万々歳である。(写真:左から2番目が樋口さん)
「小さなあたたかい学校」 コミュニティ福祉学部4年次 羽毛田恵美
バングラデシュ。その最貧国と呼ばれるカレーとマンゴーがおいしい国に、自分が建設を手伝った村の小さな学校がある。そのことを思うと、なんだか少しくすぐったい気持ちになる。"開発途上国で学校建設を手伝った"と、こんな風に文にしてみると、その響きのもつ仰々しさに、そんなたいしたことはしていないと少し反発めいた気持ちも生まれるが、やはり嫌な気はしない。
私が村の学校づくりに参加したのは、少し作業をするとどっと汗が出てくるような熱い夏だった。泊まっているところからリキシャに乗って約40分、のどかな田園風景の中を進むと、建設現場につく。そこで現地の人と協力しながらセメントを運んだり、木材を切ったりした。太陽の下でずっと同じ作業をしていると不思議なもので、言葉がわからなくても、会話ができたりする。私が日本語で「まだ水もってきたほうがいい?」と言うと、現地の人が、「あぁ。」という風にうなずいて井戸の方を指差す。私がバケツいっぱいに水を運んでくると、向こうが私のがんばりを称えるかのように微笑んでくれる。お互い相手の言葉は分からないが、学校をつくるという目標の下で、自然とこんなコミュニケーションがとれるようになった。
現場では、"日本人たちが何かの作業をしている"というのがよほどめずらしいのか、たくさんの子どもたちに囲まれた。かぼちゃパンツ一丁、元気いっぱいな子どもたちは恐らく初めてみる外国人への興奮からか、大きい瞳を輝かせながら近寄ってくる。彼らの爛漫さに温かい気持ちになりながらも、日本の子どもなら学校に通っている時間にこうして自分と遊んでいる現地の子たちを思うと、かわいいとばかり言っていられないと思った。
私たちが手伝った、日本のそれに比べるとかなり小さく豪華ではないが、でもあたたかいあの学校は今、どうなっているのだろう。
子どもたちの笑い声が響いているだろうか。学校を作った、そんな大げさなことはあまり言いたくはない。しかし、誰かが笑顔になるための小さな小さな手伝いができたかと思うと、今回のプログラムに参加できたことに心からの感謝を表したい。
「貧しさと豊かさのないまぜの国、バングラデシュ」 コミュニティ福祉学部3年次 西郷 民紗
世界最貧国であるバングラデシュは物質的にはとても貧しかった。けれど、貧しいはずのこの国で感じたのは心の"豊かさ"や生きる"活力"であった。字を学ぶ喜び、トイレを使うことの大切さ、小さな村の学校を作りあげた満足感、それらは何でも揃い何不自由なく生活することが当たり前の日本では感じることができないものだった。より発展しているはずの日本が忘れてしまったものをバングラデシュで学んだ気がする。そして、直接現場に行ったことはそれまで"遠い"国であったバングラをとても"近い"国にした。それまで他人事であった問題が自分の知り合いや出会った人々が抱える大きな問題になった。
これをもっと多くの人に感じてもらいたい。自分にできることはもっとあるはずだし、何よりも直接見て知ることはとても意味のある経験だと思う。見ようとしなければ見えないものをこの授業は教えてくれた。
「たくさんの夢を叶えるきっかけになって欲しい」 コミュニティ福祉学部3年次 柴田裕之
バングラデシュでの学校づくりにほんのわずかではありますが、自分も参加することが出来て本当に良かったです。現地で作業を手伝っている時はそれこそがむしゃらでしたが、今もなおあの学校があの場所に建っていて、そこで現地の人々が村の将来のためにあれやこれや議論を交わしてたり、子ども達が勉強している場面を想像すると、改めてその価値に気付かされます。あの学校を中心にあの村がどんどん発展して欲しいし、あの学校が子ども達のたくさんの夢を叶えるきっかけになって欲しいし、僕がまたバングラディッシュに行った時に、立ち寄る場所であり続けて欲しいです。
それから、いつかあの学校が手狭になって鉄筋コンクリート3階建て等に改築する時にはぜひ呼んで下さい!何でも手伝いますので。 |
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