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フォーカス立教

私の好きな○○

2008年11月1日掲載

田中 悠一

田中さんは2008年4月1日に将棋のプロ棋士になられました。プロ棋士は現在全国でも約150名だそうです。

──田中さんの「私の好きな○○」をお伺いしたいのですが。

やはりそれは「将棋」ですね。私は小学校4年生の時に将棋を始めました。初めは友達の家でルールも知らずにやっていたのですが面白くて。

ルールは父から教えてもらいましたけれど、父はそれほど将棋に詳しくないのでよくケーブルテレビの将棋番組を見て勉強していました。

中学2年生で「奨励会(プロ棋士を養成する機関)」に入会しました。

──中学2年生の頃からプロ棋士を目指していたのですね。

そうですね。奨励会に入るということはプロ棋士を目指すということになります。

しかし実際には奨励会に入会してもプロ棋士になれるのは2割程度と言われています。

──厳しい世界なんですね。プロ棋士を目指しながら、立教大学に進学したのは何故でしょうか。

高校までは長野県に住んでいました。対局で東京に出てくることも多く、そのうちに東京の大学に進学して、好きな数学を勉強したいと思うようになり、立教大学に進学しました。

初めて池袋に来たときは「人が多いなあ」と感じましたね。

──数学科に進学したことと将棋は何かつながりはありますか。

よく言われるのですが、数学と将棋のつながりについて特に意識したことはありません。将棋は一手ごとに次の手を何パターンも考えます。

それが数学につながっていると言われればそうなのかも知れませんが(笑)

──学業と両立は難しくありませんでしたか。

学業との両立が難しいと感じたことはあまりありません。大学2年のときに三段に昇段しましたのですが、三段になってから今回4段(プロ)になるまでは辛いときもありました。

三段リーグは年に2回行われます。三段には約30名在籍しているのですが、そこから四段(プロ)に昇段できるのは毎回2人、つまり年に4人しかいません。

──年に4人しかプロになれないのですか。

そうですね。また、26歳の誕生日のリーグ戦までに四段に昇段しなければならない、という年齢制限もあります。

プロまであと少しというところで三年半かかりました。勝つという結果のみが求められる世界です。それが辛く感じたこともありました。

けれどもずっと続けてこられたのはやはり将棋が好きだからですね。

──四段(プロ)昇段が決まったときはいかがでしたか。

やはり嬉しかったですね。将棋連盟のホームページでリアルタイムで結果が出ていたのでたくさんの方からお祝いの言葉を頂きました。

──目標にしている方がいらっしゃれば教えて下さい。

将棋を始めたころ、羽生善治さんが7冠を取りました。やはり羽生さんは憧れですね。

たまに将棋会館でお見受けしたり、羽生さんの試合の記録をとる機会があるのですがオーラが違います。いつか羽生さんと対局したいです。

──プロ棋士として今後の目標を聞かせて下さい。

将棋の普及です。これは将棋連盟全体の目標でもあるのですが、近年将棋人口が少なくなってきています。

少しでも多くの方に将棋に親しんでいただきたいと思います。

私は長野出身ですので、長野県で開催される将棋祭りに出かけ小さなお子さんから大人の方までと将棋を指すこともあります。

みなさんもっと将棋に触れていただきたいと思います。私個人としては「一局一局全力」で取り組みたいと思っています。

──本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

取材を終えて
ひとつひとつ言葉を選んで話してくださった田中さん。校友の皆様もぜひ応援お願いいたします。
(3月31日 日本将棋会館にて 取材者 校友会事務局)

「立教大学校友会メールマガジン」第10回掲載

田中 悠一(たなか・ゆういち)
田中 悠一(たなか・ゆういち)

2007年理学部数学科卒。小学4年生のとき、友達が指しているのを見て、将棋を始める。
第18回中学生選抜3位、1998年9月奨励会入会、2004年10月の第36回奨励会より三段リーグ入、2008年4月1日四段昇段。中飛車を得意戦法とし、師匠は関根茂九段。