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表面の化学−新たな反応場の開発−
理学部化学科理学研究科化学専攻 教授
枝元 一之

6月1日掲載


はじめに

  • 立教大学イメージ

固体の表面は、その上で分子をさまざまに変換する、不思議な力を秘めています。例えば、窒素分子は極めて安定で原子に解離するのは容易ではなく、熱的には数千℃を要しますが、ある種の表面上では室温でたやすく解離します。このような表面の不思議な力は、古くから触媒として利用されてきました。今後、我々が限りある資源を有効に利用していくためには、優れた機能性を持つ触媒の開発が必要です。そのためには、表面の反応性の本質を解明することが不可欠です。私たちの研究室では、表面の反応性がどのようにして生まれるのかを解明し、それをもとに触媒活性を自在に制御することを目指して研究を進めています。


固体表面を観るには

  • 表面解析用超高真空装置イメージ
  • 表面解析用超高真空装置

固体表面の研究は、たやすいものではありません。意外なことに、固体の研究は内部より表面のほうが難しいのです。普通のサイズの結晶において、表面の原子数は、結晶全体の1万分の1のさらに1万分の1くらいしかありません。よって、伝統的に固体の研究に用いられてきた測定手段では、表面のシグナルは小さすぎて検出不能です。しかし、光電効果、電子回折など、固体から電子が出てくる現象は原理的に表面のみが関与しており、これらの電子を解析すると表面の性質を知ることができます。私たちは、電子を操る電子分光法を武器として、表面を調べています。

表面の研究は、いろいろな事情により、真空中で行う必要があります。特に、私たちのように、表面上に原子を並べて新たな物質の合成を目指す場合、真空中でないときれいな物質はできません。私たちは、研究室において、およそ宇宙空間程度の真空(超高真空)を作り、その中で光、電子、イオン、原子を自在に操って表面を作成、解析しています。現在、二台の超高真空装置が稼動しており、写真の装置はその一つです。以下では、これらの装置を用いて行った研究の例を二つ紹介いたします。


酸化物表面上の貴金属ナノ粒子の反応性

金、銀、銅などの貴金属は、化学的に不活性だと思われてきました。しかし、最近の研究で、酸化物表面上でナノサイズの微粒子を作ると、驚くほど化学的に活性で多彩な触媒活性を示すことが分かってきました。何故に貴金属微粒子が活性であるのか、これは現在の表面化学における最大のミステリーになっています。私たちは、この謎を解明すべく、まず酸化亜鉛の表面上に銀、銅の原子を少しずつ並べてみました。表面上にこれらが吸着すると、原子は表面上を動いて自発的に集合し、ナノサイズの微粒子を作ります。ここまでは以前から分かっていたことですが、それらの微粒子の中がどうなっているのかは、これまで全く分かっていませんでした。私たちは、電子分光を用いて微粒子の構造を解析し、その結果、微粒子内の貴金属原子は下地の構造とマッチした周期配列構造を持つことを見出しました。図は、酸化亜鉛表面上の微粒子内での銀原子の配列構造を示しています。これは意外な結果で、微粒子が結晶化しているとは誰も予想していませんでした。結晶化しているとはいえ、その構造は銀、銅本来の結晶の構造とは大きく異なっています。表面上のナノ粒子は固体状態の銀、銅とは異なる状態にあり、かといって原子の状態とも異なる独特の状態にあることが分かってきました。さらに、これも意外なことですが、表面上の微粒子は電気的にマイナスになっていることも分かってきました。これは特に重要な結果で、マイナスに帯電した貴金属が化学的に活性になることは理論的に予想されており、謎の解明のゴールは見えてきています。

ZnO(1010)表面構造イメージ 酸化物表面上の貴金属ナノ粒子の反応性イメージ

表面上での新規物質の合成 ─原子の積木細工─

  • 「神の手」による薄膜合成イメージ
  • 「神の手」による薄膜合成
  • 研究装置の改造中イメージ
  • 研究装置を改造中

表面上に原子を少しずつ積み上げていくことにより、さまざまな物質を作り出すことができます。この方法を用いると、大気圧下では作ることのできない物質も合成できる場合があります。例えば、チタンという金属の酸化物の一つに、TiOがあります。チタンの酸化物としてはTiO2が有名で、光触媒として脚光を浴びています。TiOは比較的なじみの薄い物質ですが、実は非常に硬く、熱的に安定な上に金属並みに電気をよく通すという、非常におもしろい性質を持つことが理論的に予想されています。また、その性質を利用して触媒等のさまざまな応用が期待されています。しかし、TiOの合成は極めて難しく、特に結晶は大気圧下では合成できません。したがって、本当のところTiOがどのような性質を持つのか、今もって謎のままです。ところで、銀の結晶は、実はTiOの結晶と本質的に同等で、原子間の間隔もほぼ同じです。よって、銀の結晶表面の上にチタン原子と酸素原子を少しずつ並べてやると、原子が下地の結晶と同じ配列で並んでTiOの結晶が成長する可能性があります。そこで、私たちは真空中で銀の清浄表面の上にチタン原子と酸素原子を並べて薄膜を合成してみました。これは結構大変な実験で、温度や酸素圧、チタン蒸着速度等を制御しつつ薄膜を作りますが、たいていの場合薄膜はTiO2になってしまいます。幸いなことに、私たちの研究室には、このような条件探査に先天的な勘を持つ学生がおり、彼の手により最近ついにTiO結晶の薄膜合成に成功しました。(この学生は、TiO以外にも、当初困難が予想されていたいくつかの薄膜合成に成功しており、皆から「神の手を持つ男」と呼ばれています)。このような手法は、表面における原子の積木細工といえるもので、今後これまで合成が不可能とされていた物質の合成に大きな力を発揮すると期待しています。

「立教」第202号掲載

枝元 一之(えだもと・かずゆき)
枝元 一之(えだもと・かずゆき)
理学部 化学科 理学研究科 化学専攻 教授

1981年3月 京都大学 理学部 化学科 卒業、1983年3月 京都大学 理学研究科 化学専攻 修士課程 修了、1986年3月 京都大学 理学研究科 博士課程 修了、1986年4月 東京工業大学 理学部 化学科 技官、1987年10月 東京工業大学 理学部 化学科 助手、1993年10月 東京工業大学 理学部 化学科 助教授、1998年4月 東京工業大学 理工学研究科 物質科学専攻 助教授、2004年10月〜 立教大学 理学部 化学科 教授

【受賞】
1991年 日本表面科学会 奨励賞

【所属学会】
(国内)日本表面科学会、日本化学会、日本物理学会、日本放射光学会、日本分光学会

【研究・教育活動】
固体表面の示す反応性の本質を解明することを目標とし、金属・半導体表面の電子状態と反応性、およびそれらの相関を研究。そのために、超高真空系下において清浄表面およびさまざまな装飾表面を作成し、光電子分光法を主体とする複合表面分析手段により解析を行っている。また、表面に原子・分子を積み上げることによる新規機能性材料の開発も行っている。
物性・分光等の物理化学分野の講義を担当。数式にこだわらない本質の理解を理想として講義を行うことを目指している。

【主要研究テーマ】
表面科学

【業績】
単行本
表面・界面工学大系 分担執筆 フジ・テクノシステム 2005 (共著書)
表面化学の基礎と応用 分担執筆 NTS 2004(共著書)
Electric Refractory Materials Marcel Dekker 分担執筆2000(共著書)

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