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私の研究室から

映画の扉が開かれる

2009年4月1日掲載

  • 授業風景
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私の研究テーマは「映画の演出」ということになっています。なっています、などというと何だか人ごとのようで恐縮なのですが、私は今も映画を実作している者です。三年前に本学の教員になったとき、研究テーマというものを自己申告しなければいけないことになりました。映画の実作者にとって、映画の演出は「研究テーマ」ではなく製作現場での実践なのですが、ほかに申告のしようもなく、「映画の演出」を研究テーマとしました。とはいえ、私はこれまで映画を学問として学んできたことはなく、また実作によって得た知見を体系化し、理論化し、一般化するといったしかるべき研究の方法も身に付けておらず、今もって映画の実作者にすぎません。ですから学部と大学院での授業も、実作を通して私が映画の演出について知り得たこと、また今現在の私の問題意識を学生に伝えています。そのことが学生自身が学習を進めて行く上で、あるいは映画を実作して行く上で何がしかのヒントやきっかけになってくれればと願っています。

そういうヒントのひとつに、例えば劇映画における「扉」の演出といったものがあります。いきなり「扉」と言われても唐突に思われるかもしれません。実際学生に、劇映画における「扉」のありようを質問してもすぐには反応は返ってきません。「ドラえもんのどこでもドア」と答えてくれた学生もいます。それはある意味で正解なのですが。しかし、映画と「扉」の因縁は深いのです。

映画が世界で初めて一般客に公開されたのは、1895年12月28日のことです。そのとき、リュミエール兄弟が撮影した十本の短編映画が上映されました。どれも数分に満たない短いもので、もちろん音も色も付いていません。編集もされていません。固定画面による撮りっぱなしの断片映像といってもいいものです。『列車の到着』(正確には『ラ・シオタ駅への列車の到着』)と題された一本が上映されたとき、観客がスクリーン奥から手前に走ってくる機関車にひかれるのではないかと恐怖し、思わず椅子から飛びのいたり、椅子の下に隠れたりとパニックを起したという有名なエピソードは、どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。

話が「扉」から少しそれるのですが、私は常々、このエピソードはちょっと怪しいのではないかと思っていました。いかにもできすぎの感じがして、うさんくさいのです。その感じは実作者の勘に過ぎなかったのですが、同じ映像身体学科の中村秀之先生が、学科の教員9名による共著『映像と身体―新しいアレンジメントへ向けて―』(せりか書房/2008年)の中で、まさしくこのエピソードが現実に起った事実ではなく、映画上映の宣伝のために面白おかしく誇張されたものにすぎないこと、さらにこの日の上映プログラムに『列車の到着』は含まれてすらいなかったことを報告しています。中村先生は私と違って映画の研究者ですが、先生の調査と報告によってこれまでの疑念はすっかり晴れたのでした。

話を「扉」に戻します。この日に上映された10本のうちの一本に『工場の出口』と題されたものがあります。撮影したリュミエール兄弟が経営していた工場の出口から、たくさんの労働者たちがぞろぞろと出てくる様子を出口正面に据えたカメラによって写したものです。実はこの『工場の出口』には、いくつかのバージョンがあるらしく、私はビデオでですが二つのバージョンを見ています。ひとつは、労働者たちがすでに扉が開かれた出口から外に出始めていて、最後の一群が出終わるのに合わせて出口の扉が閉まりかかって終わるもの。もうひとつは、初め工場の出口の扉は閉められていて、それが開かれ、労働者たちが出てきて、最後の一人が出終わると扉がしっかりと閉じられるもの、です。おそらく前者が先に撮影されたもので、後者は先に撮影されたものを見てから、再び撮り直したものではないかと思われます。つまり撮り直しを行った最大のポイントは、扉の開閉がきちんと撮れているかどうかだったのではないかという憶測です。初めに撮影されたものには扉の開閉がうまく撮れていない。せっかく撮るなら、ここは閉められた扉が開き、人々が出てきて、最後にきちんと扉が閉められたほうが面白いのではないか。なぜそのほうが面白いのか、それはよく分からない。しかし、撮り直すべきだ、と。だとすれば、リュミエール兄弟は映画の発明と同時に、映画における「扉」を発見したということになります。閉じられた扉が開かれること、開かれた扉が閉じられること、それは後年の映画、特に映画が物語を語りだしてから何度も繰り返し登場する画面です。日常的な扉の開閉だけでなく、その開閉が映画の中でさまざまな機能や役割を担いつつ、映画の演出をより豊かなものにしていくことになったのです。

以上のような「扉」にまつわる話を、実際の授業ではこんなふうに展開しています。まず一切の前説を抜きにして、学生に扉の開閉が映っているバージョンの『工場の出口』を見せます。そのとき、学生にはまだ「扉」そのものが見えません。扉の画面は確かに見ているはずなのですが、それが「扉」であることを特に意識していないのです。扉に「気付いていない」と言ってもいいでしょう。工場の出口に扉があるのは当たり前だし、それが出口なら扉が開いてその奥から労働者たちが出てくるのは当たり前だからです。しかし、本当はこれは当たり前ではありません。『工場の出口』は、リュミエール兄弟が、ある日の工場の出口の様子を隠しカメラで撮影したドキュメンタリー映像ではないのです。閉じられた扉の奥に、事前に多くの労働者たちを待機させ、「スタート」の掛け声とともに扉を開かせ、人々は出てきて、最後の一人が出きってから扉は閉じられるのです。すべては段取り通りに撮影されたもの、つまり、それはいわゆるヤラセだったはずです。だから扉の開閉は当たり前ではなく、演出です。そのことを告げてからもう一度『工場の出口』を見せると、学生は今度は扉を見ます。しかし、だからどうしたという怪訝な表情をしています。実はこのとき、学生たちは映画の見方のひとつの変化を経験したはずなのですが、本人自身はまだそのことに気付いていません。最初は見えなかった「扉」が2回目には見えたのですから、それは変化です。しかし、その変化の意味が分からないので、だからどうしたと思うのです。しかし重要なのは、見えなかった扉が見えたことで、だからどうしたという「意味」は、あとから考えればいいのです。

そこで、その変化に気付かせるために、『工場の出口』から50年の時間を一気に飛び越え、一九四五年に作られたアルフレッド・ヒッチコック監督の『白い恐怖』の抜粋映像を見せます。これは、イングリッド・バーグマン演じる精神科医が、グレゴリー・ペック演じる記憶喪失の男の過去を紐解いていくうちに、ひとつの殺人事件が明るみに出てくるというサスペンス映画です。主演二人は美男美女ですから、当然のように恋に落ちます。抜粋シーンは、グレゴリー・ペックと出会ってまもないバーグマンが、彼の部屋を訪れ、そこで初めてふたりが抱擁するというシーンです。夜更けてからペックの部屋の前まで来たバーグマンは、ドアを開けるか開けないか逡巡します。ふと足元を見ると、ドアのすき間から部屋の明かりが漏れています。ペックがまだ床についていないことが分かります。そこでバーグマンは思い切ってドアを開けます。学生には、今度はそのドアが明らかに見えたはずです。そして、そのドアの演出上のありように気付いたはずです。まずドアは、バーグマンの前で閉ざされています。ドアが閉ざされていることで、彼女の躊躇が強調されます。ペックに会うためにはそのドアを開かなければなりません。ドア下から洩れる光は、彼女に二つのことを知らせます。ドアの向こうに確かにペックがいること、そして彼はまだ起きていること、です。閉じられたドアによって、ペック自身を見ることができないというのが、扉を使った演出のポイントです。その光が彼女の決心を促し、彼女はドアを開けて部屋に入ります。たったこれだけのことに過ぎないのですが、ドアが見えていないと、この演出に気付くことはできません。ドアが見えれば、ぶっきらぼうな板に過ぎないそのドアが、バーグマンの心情と行動の変化をいかに微妙に、巧妙に演出しているかが分かります。それに気付かせた後に、学生にはほかのさまざまな映画のドアを見せていきます。学生の目は画面に釘付けになります。

もちろん、「扉」はヒントのひとつに過ぎません。しかしそういうヒントから、映画の演出について、映画を見ることについて、学生はさまざまなことを自ら発見していってくれるのではないだろうかと思っています。

「立教」第209号掲載より

万田 邦敏(まんだ・くにとし)
万田 邦敏(まんだ・くにとし)
現代心理学部 映像身体学科 教授

2006年4月〜 立教大学現代心理学部映像身体学科 教授

【映画作品略歴】
1996年1月 劇場公開映画『宇宙貨物船レムナント6』 脚本・演出
1999年1月 劇場公開映画『死国』 脚本
2002年1月 ネット配信映画『The Day I Was Bone』 脚本・演出
2001年1月 劇場公開映画『UNLOVED』 脚本・演出
2006年11月 劇場公開映画『ありがとう』 脚本・演出
2008年3月 劇場公開映画『接吻』 脚本・演出

【テレビドラマ作品略歴】
1985年1月 関西テレビドラマシリーズ・ドラマダス『極楽ゾンビ』 脚本・演出
1986年1月 関西テレビドラマシリーズ・ドラマダス『退治教育』 脚本・演出
2003年1月〜 名古屋テレビドラマシリーズ・ダムドファイル『テレビ局』 脚本・演出
2003年1月〜 名古屋テレビドラマシリーズ・ダムドファイル『あのトンネル』 脚本・演出
2003年1月〜 名古屋テレビドラマシリーズ・ダムドファイル『テレビ局第2章』 脚本
2003年1月〜名古屋テレビドラマシリーズ・ダムドファイル『伊勢崎トンネル』『カラオケボックス』『終の家』『招待状』『鏡』『映画館』『マフラー』『湖』『テレビ局最終章』 演出

【学術関係受賞】
2001年5月 カンヌ国際映画祭エキュメニック新人監督賞、レイルドール賞
2001年10月 高崎映画祭若手監督グランプリ
2009年3月 高崎映画祭最優秀作品賞