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私の研究室から

古典和歌を読み直す

2010年2月1日掲載

私は、文学部文学科日本文学専修の教員として、古典和歌を中心に研究・教育をしています。その中でも最も力を入れてきたのは、鎌倉時代初期の歌人、藤原定家の詠んだ和歌の研究です。

定家の和歌は、例えば、

春の夜の夢の浮橋とだえして 峰に別るる横雲の空

のように、美しくかつ難解な表現に特色があります。この歌を簡単に解説してみますと、

○「浮橋」は「水面にふわふわ浮かぶ橋」で「はかない夢」の比喩。「夢の浮橋」が途絶えたというのは、夢が覚めたことを意味しています。
○「横雲」は明け方の空に低く浮かぶ、横にたなびいた雲。「峰に別るる」は横雲が時がたつにつれて、山際から離れて上っていく情景を表しています。

右の二点を踏まえると、この歌の意味は、「春の夜に見た夢がはかなく覚めて、明け方の空の情景を見た」というふうに要約することができます。けれども、この歌の意味は、それで完結するのではなく、

○明け方の情景について「別るる」という言葉を用いると、共寝をした男女の後朝(きぬぎぬ)の別れを連想させる。 ○「夢の浮橋」は『源氏物語』の最後の巻の名でもあり、恋を連想させる言葉である。「夢の浮橋とだえして」というと、はかない夢のような男女の逢瀬の終わり(別れ)を連想させる。

というような恋物語のニュアンスが添えられていて、なかなか複雑な構造になっているのです。私の研究は、このような歌を作った定家の詠歌方法を明らかにし、その方法がどのようにして発生・成立したのか、同時代の読者にどう理解され支持されたのか、などを明らかにすることを目指しています。

ある作家の研究は、その作家個人の内面や人生の研究では完結しません。その作家に影響を与えた過去の文学、作家が生きていた時代状況、作家とともに文学活動を行っていた周囲の人物との相互交渉など、研究しなくてはいけない事柄が数多く存在します。そう考えると、私の定家研究も、いつ結論に到達するのか心もとなくなってきますが、遅くとも三年後をめどに、『定家の方法』というような題名の論文集に集約し完成させたいと思っています。


古典和歌は、古今集や新古今集のような歌集の形でまとめられているほかに、物語、日記、説話など、さまざまな作品の中に収められていて、それぞれの話の核心にあたる部分で作中人物や作者によって詠じられています。私の研究テーマのもう一つの柱は、そうした作中和歌の意味を確認し直すことです。

学生たちは、注釈書が刊行され、現代語訳が施されているような有名作品は、すでにすべてが正しく理解されていて、訂正の余地などないものと考える傾向があります。しかし、現実には、過去の優れた研究が多く蓄積されている場合でも、作品の読み取り、特に和歌の理解には誤りや不十分な点が少なくないのです。そこで、授業において、刊行された注釈書・研究書における誤りを指摘し、それを是正する作業を行うことがしばしば必要になります。また、作品の核心に関連する和歌については、解釈の見直しを論文の形で学界に報告することも行います。

こういう話は、具体的な作品に即して説明するほうが手っとり早いので、古文の授業のようになりますが、二首の実例を挙げてみます。

(1) 君に人馴れなならひそ奥山に 入りての後もわびしかりける
[今鏡(いまかがみ)・昔語]

藤原統理(むねまさ)という人物が、俗世を離れて出家・遁世(とんせい)した後、親しく仕えていた東宮(皇太子・後の三条天皇)に詠み贈った歌です。現代語訳すると「東宮様に人は親しくお仕えしてはいけません。私は出家して奥山に入った後も東宮様のことが恋しくてつらいことです」となります。ここで問題になるのは、他の人に「東宮様に親しくお仕えしてはいけません」と言っている気持ちの把握です。注釈書では、これについて、「自分が恋しく思っている東宮に、他の者が親しく仕えることへの嫉妬。東宮を独占したいという願い」というように説明しています。しかしこの歌は、そういう狭い利己的な心を表出したものではなく、東宮の人柄を賛美する歌として読み解くのが正しいと思います。この歌をもっと丁寧に解釈すれば、次のようになるでしょう。

「東宮があまりに素晴らしいお方なので、親しくお仕えすることに慣れてしまうと、そのお側を離れた後で今の私のように恋しくてつらい思いをすることになります。だから東宮様に親しくお仕えしてはいけません」

つまり、この歌は、「喪失の悲しみは前もって回避しなさい」と他者に助言する形をとって、東宮の人柄の素晴らしさや、これまで東宮に親しく仕えることができたことへの感謝の気持ちを間接的に表現したものと理解すべきなのです。

この歌の場合、現代語訳のレベルでは何も間違いは生じていないのに、そこに込められた気持ちの理解において誤読が生じていることになります。

高校の古文の授業は、どうしても原文を現代語訳する作業=訳読が主体となるので、大学入学後もその習慣が消えず、「読むこと=訳すこと」という考え方から抜け出せない学生がかなりいます。そういう学生には、この歌のような例に数多く触れさせて、訳すのではなく、そこに込められた気持ちを読み取ることの重要性を悟らせるように工夫しています。

(2) 春日野の若紫のすり衣 しのぶの乱れ限り知られず
[伊勢物語・初段]

伊勢物語の主人公である「男」が元服を済ませたばかりのころに、奈良の春日野に狩に行き、そこで若い二人の姉妹を垣間見て心を乱し、着ていた狩衣の裾を切って書きつけて贈った歌です。現代語訳すると、どの注釈書でも、だいたい「春日野の若紫のような美しいお方を見て、私の心は狩衣の忍摺(しのぶず)りの模様のように限りなく乱れています」のように訳されています。この現代語訳には全く問題はありません。また、そこに込められた気持ちも、「姉妹に対する恋心」以外ありえないので、この歌の読解に関して修正すべき点は存在しません。

この歌について考え直すべき事柄があるとすれば、この歌がうまい歌なのかどうかという問題だと思います。

従来の研究ではこの歌は、主人公の男が早くも歌の才能を発揮した優れた作品というように評価されています。しかし本当にそうなのかは一度疑ってみる価値があると思います。この歌には次のような欠陥があるからです。

○「若紫」(=紫草)は、和歌では「武蔵野」と結びつけて詠まれる植物であって、「春日野の若紫」は場違いな感じがする。 ○「しのぶ」(=忍摺り)は「陸奥(みちのく)」の名産であるから、「春日野」で詠むのはやはり場違いである。

男の気持ちとしては、姉妹を美しい「若紫」に例えて表現しよう、自分の着ていた狩衣の模様「しのぶ」に託して恋心を訴えよう、という意図や計算があるわけですが、そうした意欲や情熱が空回りして、結果として珍妙な歌になってしまっている感じがします。

「春日野の……」の歌をこのように下手な歌とみなすことは、伊勢物語初段を、まだ未熟な青年の情熱的でありながら滑稽でもある姿を描いた話として読み直すことに結びつき、伊勢物語全体の理解にも影響を与えると思います。


終わりに、これから研究とは別の領域でやってみたいことについて触れておきます。それは入門書・参考書の執筆です。

私は、立教大学に移籍する以前に、品川にある東京水産大学(現・東京海洋大学)で、理系の学生を相手に、一般教養としての古典文学を講義していました。また大学院博士課程在籍時には、予備校で受験生に古文を教えていました。

日本文学を専攻していない学生に古典を教える授業は、日本文学専修での専門教育とは別の意義や面白さがありました。こうした過去の経験を生かして、古典和歌の読解に関する入門書、実用的でありながら理論的にもしっかりしている入門書を書いてみたい。また、古文一般に関する高校生向けの、しっかりした学習参考書を執筆してみたいと考えています。

自分が高校生時代に活用し、後に予備校で教える際の虎の巻としても恩恵を受けた書物に、偉大な国文学者であった故小西甚一の著した『古文研究法』『国文法ちかみち』(ともに洛陽社)、『古文の読解』(旺文社)の三部作があります。今流布している学習参考書は、目先の受験対策に終始していて、かつての参考書のレベルに達していません。偉大な先達の著作を目標とするのは気が引けますが、なんとかその域に近づき、できればそれを凌駕(りょうが)するような充実した入門書・参考書を完成させられればと思っています。

「立教」第211号掲載より

加藤 睦(かとう・むつみ)
加藤 睦(かとう・むつみ)
文学部文学科 日本文学専修 教授

1980年3月 東京大学文学部国文学専修課程卒業、1983年3月 東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻修士課程修了、1988年3月 同博士課程単位取得満期退学、1988年4月 東京水産大学水産学部教養科専任講師、1992年4月 立教大学文学部日本文学科助教授、1999年4月 同教授、2006年4月 立教大学文学部文学科日本文学専修教授

【所属学会】
和歌文学会、中世文学会、中古文学会、立教大学日本文学会

【主要研究テーマ】
・藤原定家の和歌
・平安時代の物語・日記に収載された和歌
・源氏物語の後代における享受

【著書・論文】
『文学の基礎レッスン』 春風社 2006年 (共著)
『源氏物語と和歌を学ぶ人のために』 世界思想社 2007年 (共編著)
『源氏物語と江戸文化−可視化される雅俗』 森話社 2008年 (共著)
『源氏物語と和歌』 青簡社 2008年 (共著)
「『更級日記』最終歌の解釈について」 『立教大学日本文学』第102号 2009年7月
「『源氏物語』の和歌を読む(一)」 『立教大学大学院日本文学論叢』第9号 2009年8月