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私の研究室から

2012年7月2日掲載

子ども哲学は、アメリカの哲学者であるマシュー・リップマンによって、すでに70年代に始められました。彼は、哲学対話は二つの観点から有効だと指摘しています。ひとつは対話によって思考力が育ちます。もうひとつは、「探求の共同体」をつくることによって、人間関係の絆が深まり、シチズンシップが育つというものです。いや、そんな効果以前に、自由な対話は何よりもまず楽しいのです。

今回訪れたハワイ大学のジャクソン教授は、80年代半ばに小学校で哲学教育を試みはじめ、現在では、ホノルルを中心として初等・中等教育のさまざまな教室の中に導入することに成功しています。ホノルル小学校では、「子ども哲学」という名前の科目がありますが、私が訪問したカイルア高校やアイエア中学では、英語、歴史など通常の科目の中に哲学対話の要素を取り入れています。ホノルル小学校では、「哲学的思考は、自分の目標を追求し、世界をポジティブに変化させるための準備となる」という理念を掲げ、学校に常駐の哲学者を二人置いています。彼らは、補助教員として哲学対話のクラスに参加したり、他の先生方へアドバイスをしたりしています。そのうちの一人チャド・ミラー氏は、ジャクソン教授のお弟子さんなのですが、ハワイ州の「2012年ティーチャー・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。

  • 立教小学校5年生の「子ども哲学」
  • 立教小学校5年生の「子ども哲学」

リップマンが思考力を養うことに重点を置いていたのに対して、ジャクソン教授は共同体づくりに重きを置いているといえるでしょう。ご存じのように、ハワイはとても多文化的な場所です。エスニック集団の間で緊張が高まる地域もあり、そうした地域の学校は一時期「荒れた」学校となったそうです。ジャクソン教授は、そこに子ども哲学の授業を導入し、現実の問題を真剣に対話することで状態はかなり改善されていきました。「荒れた」人びとにとって第一に必要なのは、自分たちが抱えている問題に真剣に耳を傾けて、自分たちの存在を認知してくれるようなセイフティな集団だからです。

ユネスコは、このような効果に注目し、1995年に「哲学のためのパリ宣言」、2005年に「哲学についてのユネスコ間域戦略」を打ち出し、子ども哲学を世界的に奨励しています。その宣言の中では、哲学にはある種のカウンセリング効果があることが認められています。しかし、そのカウンセリングとは、ただ自分の心を抑制し、現行の社会に適応することを求めるものではなく、問題の真の在りかを明らかにして、それに集団や社会として対処していこうとするものなのです。

実は日本でも、こうした教育の重要性が気付かれ始めています。その証拠に、昨年夏、フランスの幼稚園での哲学教育を映した『ちいさな哲学者たち』というドキュメント映画が大ヒットしました。私の研究室でも、さまざまな助力をいただきながら、2011年の10〜11月に、立教小学校の5年生と、玉川学園小学校4年生を対象とした子ども哲学を実践いたしました。今年になってからは、毎日新聞社本社をお借りして、「毎日子ども哲学カフェ」を開催いたしました。紙幅の都合上、詳しい説明はできませんが、子どもたちの反応は上々でした。「楽しかった」「正解のない議論は面白い」「自分の意見が言えた」「違った意見に気付かされた」「友達が意外な考えをもっていた」「すごく考えて頭が疲れた」「またやってほしい」。こうした子どもたちの声に励まされて、今後も哲学教育の研究と実践を進めていきたいと思っています。

雑誌「立教」第221号より

河野 哲也(こうの・てつや)
文学部教育学科 教授

【略歴】
1985年3月  慶應義塾大学文学部(哲学科哲学専攻)卒業
1987年3月  同大学大学院文学研究科修士課程(哲学)修了
1993年3月  慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得終了
1995年7月  慶應義塾大学博士号(哲学)取得
2008年4月  立教大学文学部教育学科教授

【所属学会】
日本哲学会、国際理論心理学会、科学基礎論学会、日本現象学会、日本心理学会、教育哲学会など

【主要研究テーマ】
現代哲学(心の哲学・現象学)、倫理学、教育哲学、特別支援教育

【主な著書・論文】
S・ケイ、P・トムソン『中学生からの対話する哲学教室』玉川大学出版部、2012年(共訳)
『意識は実在しない:心・知覚・自由』講談社メチエ、2011年(単著)
『エコロジカル・セルフ:身体とアフォーダンス』ナカニシヤ書店、2011年(単著)
『道徳を問いなおす:リベラリズムと教育のゆくえ』ちくま新書、2011年(単著)
『暴走する脳科学:哲学・倫理学からの批判的検討』光文社新書、2008年(単著)
『善悪は実在するか:アフォーダンスの倫理学』講談社メチエ、2007年(単著)
『〈心〉はからだの外にある:「 エコロジカルな私」の哲学』NHK出版会、2006年(単著)
『環境に拡がる心:生態学的哲学の展開』勁草書房、2005年(単著)
『エコロジカルな心の哲学:ギブソンの実在論より』勁草書房、2003年(単著)など