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私の研究室から

2013年5月13日掲載

皆さんは「平和経済学(peace economics)」という学問を知っているでしょうか。おそらくほとんどの人は知らないと思います。当然です。日本はもちろん世界中を見渡しても理論は体系化されておらず、私が経済学の一分野として理論化・体系化しようとしている学問だからです。

では平和経済学とはどのような価値観に基づいた学問なのでしょうか。それは一言で言うと「関係性の見直し」を図る学問です。関係性の見直しとは、人間対人間、人間対自然、人間対社会の関係を見直すというものです。

産業革命以前のいわゆる前近代社会では、人間対人間の関係は、「市場」を通して生産者と消費者が直接、商品を売買する中からお互いを信頼しあう関係を作っていました。まさに「顔の見える関係」が中心でした。

また人間対自然との関係においても、人間は自然の一部である(自然は雄大であり人間はそれを支配することはできない)との認識の下で自然を支配するというよりは、自然との調和の中で生活を営んできました。要するに人間は自然の流れに身を任せて調和をとろうとしていたのです。

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  • グラミン銀行の創設者でノーベル平和賞を受賞した
    ムハマド・ユヌス博士(立教大学名誉博士)

さらに人間と社会との関係においては、人間は共同体(地縁・血縁関係や土地の所有形態によって構成された社会)の中で生活していました。そのため、自由に共同体から離れて生きることはできないという不自由さはありましたが、共同体の中にいる限り外敵からは守ってくれ、危険から身を守ることのできる存在でありました。

しかし近代社会になるとこの関係が全て崩れてしまいました。人間対人間では、最終生産者と最終消費者という言葉によって言い表されるように、生産者と消費者の間には幾重にも仲介者・媒介者が介在することにより、それこそ「顔の見えない関係」になってしまいました。その典型がインターネットを通した取引(=ビジネス)です。そこには誰が作ったのかあるいは買うのか、名前はもちろんあらゆるものが不明なまま取引を行うことになりました。その結果、だましだまされる関係という信頼できない関係になってしまいました。

また人間と自然との関係においても、高度に発達した科学技術によって人間は自然を支配(そこまで行かなくてもコントロール)できると錯覚してしまい、あげ句の果てには後戻りのできない環境破壊をしつつあります。

さらに人間と社会の関係においては、近代社会は共同体からは解放(自由)され、自らの意志で住居はもちろん、職業、恋愛等あらゆるものを選択することができるようになりました。しかし一方で、それは実力で自らを守らなければならないということを意味します。すなわち、成功も失敗もすべて自らの肩に掛かってくることになりました。これは成功している時はその怖さ、矛盾に気づきませんが、自らの生活・社会が揺るぎ始めた時、その矛盾・問題に気づくのです。その矛盾・問題とは、現在の社会はリスク社会であり、不透明・不安と隣り合わせの社会だということです。そして問題は、人々は知らず知らずのうちに、このリスク社会での生活を余儀なく(強要)されているということです。これは決して平和な状態ではありません。こうした状況を打開しようというのが平和経済学なのです。