2006年度 新学部・新学科開設記念 連続シンポジウム
採録「グローバルに活躍する人材」
   
基調講演第一部 

日本が持続的に成長していくために

 まず、わが国の経済が置かれている状況を整理してみましょう。
 日本の国・地方を合わせた財政赤字、つまり借金はGDPの約1.5倍、数年後には2倍になるかもしれない。これは先進国の中で群を抜く伸びです。
 一方、人口は今年か来年あたりをピークに減少するとみられており、2100年には6400万人、現在の半分になるという推計もあります。つまり、莫大な借金を抱えながらそれを返す人間は減っていくわけです。
 これに対して日本の国際競争力は、決して高くありません。スイスのある機関の調査によれば60カ国・地域中21位。その内容を見ると、ビジネス・企業に関しては、例えば「起業家精神に溢れる国」は最下位と非常に低い。ベンチャーのように新しいことに挑戦し、産業を創っていく人が極めて出にくい社会だということで、これは大きな問題です。

 教育に関しては、「競争力を優位に確立するための大学教育」の項目が58位。評価が正しいかどうかは別にして、日本の大学がほとんどの授業を日本語で行なう上、卒業後の企業の受け皿も限られるため、海外の優秀な学生にとって魅力が少ないという点は、競争力を弱める原因になっているでしょう。

写真
北城恪太郎氏(経済同友会代表幹事、日本アイ・ビー・エム会長)
  それから、労働生産性はOECD加盟の先進30カ国中18位。しかもエレクトロニクスなど一部の製造業がかろうじて引き上げた結果です。

 こうした現状を踏まえて将来に目を向けてみましょう。経済成長目覚ましい中国、インドといった国々と肩を並べて、日本が持続的に成長していくためには、2つのことをする必要があると思います。
 一つはイノベーション。既存のものを改良するだけでなく、全く新しいものを創り出し、しかもそれが、社会に受け入れられるものでなければなりません。
 この点で日本には、「匠の技」「職人気質」といったモノ作り、完璧性にこだわる文化・伝統があります。そして、豊かでしかも品質に厳しい市場がある。この2つを生かしながら、中国やインドにはまねのできない先進的な技術、付加価値の高い製品を生み出し、競争力を高めていかなければなりません。斬新なアイデアを持った起業家がもっともっと出てくるような土壌を作ることも大切です。
 もう一つは、世界の平和や繁栄に、軍事力ではなく、技術・文化などのソフトパワーで貢献すること。
 例えば、地球温暖化には日本が世界に冠たる省エネ技術で、貧困・病気の問題にはODAで、とわが国にできることはたくさんあります。
 また、世界は多様性、多文化共生の時代を迎えています。その中で先進国には、差別のない社会づくりが求められている。日本にとっても、今後大きな課題となっていくでしょう。

これからのリーダーに求められる資質

 では、これから特に国際社会で活躍する人材に求められる資質を考えてみましょう。
 第一は、プロフェッショナルとしての能力、国際社会では、何でもできることより、抜きんでた得意分野を持つことが求められます。
 第二はリーダーシップとチームワーク。多様な人間が集まったチームを引っ張り、またそこで協力体制を作っていく能力です。これについては後ほど補足します。
  第三はコミュニケーション能力とプレゼンテーション能力。文化的背景・価値観の違う相手が、どう感じ、どう受け取るかを考えながら話す力が必要です。
 第四は、安全保障、国際経済など国際情勢に関する知識。
 第五は、基礎的能力としての英語力、コンピューターの知識。
 第六は一般教養、特に日本の文化・歴史についての知識。仕事を離れた付き合いを深めるために不可欠です。

 加えて、国際社会に限らず、そもそも社会に出る上で必須と思われることもあげておきます。
 まず、高い倫理観、価値観を持つこと。専門教育も大事ですが、若いうちに哲学、倫理、文学などを学び、自分の生き方を考えておくことが大切だと思います。
 そして、自ら課題を発見し、考え、行動する能力。常に問題意識を持って人と接する中で、アイデアも生まれイノベーションにつながるのです。
 さらに、自ら動機づけができること。せっかく身につけたものが通用しなくなった時、また新しいことに向かっていけるかどうかがカギとなります。

 変革の必要なこれからの社会では、従来の「管理職」つまりマネージャーではなく、リーダーこそが求められます。そこで最後に、私どもアイ・ビー・エムが考えるリーダーの資質をご紹介しておきましょう。

 1 お客様のニーズを洞察する能力。
 2 創造的思考力。
 3 目的を達成する推進力。
 4 チームリーダーシップ。
 5 率直に話す力。
 6 チームワーク。
 7 決断力。
 8 組織をつくる力。
 9 人材を育てる力。
 10 全体への貢献。
 11ビジネスへの情熱。

  社会は急速に、かつダイナミックに変化しています。そして、きっかけはそこら中に転がっている。しかし。問題意識を持っていなければ、それを捉えることはできません。私自身は、中学の時に先生から「英語の成績が悪いね」と言われた一言に反発して高校で必死に英語を勉強し、高校時代に雑誌で「これからはコンピューターの時代だ」という記事を読んで大学ではコンピューターを勉強した。それが現在の私につながっています。みなさんもぜひ、自分なりのチャンスをつかみ、新しいことに挑戦してください。
では、いつも引用するのですが、ダーウィンが言ったとされる言葉で締めくくりたいと思います。 「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るわけでもない。唯一生き残るのは、変化できるものである。」

第二部 トークセッション「グローバル教育と異文化コミュニケーション」

相手を理解することから始まる異文化コミュニケーション

写真
中村江里子氏(フリーアナウンサー、パリ在住、本学卒)
鳥飼 北城さんは先ほどの講演の中で、これからは多文化共生の時代だとおっしゃった一方で、ビジネスの世界、特にアイ・ビー・エムなどはグローバリズム、つまり普遍的なルール作りを目指しているとのことでしたが、この両者は簡単に相容れるものではないと思うのですが・・・。

北城 バランスの問題だと思います。世界には色々な民族、文化、宗教があって食べるものも違う。でも会って話してみると、何が正しいとか、どんな時に嬉しいとか、人を信頼するとか、人間というのは実はあまり変わらないということがわかります。ビジネスの世界でも、共通のルールがなければ仕事はしにくいけれど、完全に一本化などできはしない。国ごとにどころか、企業ごとに違うやり方があって、しかも常により良いものを求めているわけですから。大切なのは、お互いの違いは違いとして認めたうえで、共通なものを探っていくことではないでしょうか。

鳥飼 中村さんは、その多文化状況を日常生活の中で体験しておられますが。

中村 30歳をすぎて言葉も全くできない状態でフランスに渡り6年間、日本とあまりに違うことばかりで、「どうして?!」と腹を立てることも多々あります。でもそこで生活する以上、相手を否定していても仕方がないと、違いの意味や背景を理解する努力を始めました。そして少しずつわかってきたら、とても楽になりました。だから何事も、歩み寄って理解することから始まるのだと思います。

鳥飼 それはまさに「異文化コミュニケーション」の原点ですね。

中村 日本の中でも、方言もあれば性別、職業、育った環境、様々な違いがありますよね。実は日本にいても「異文化コミュニケーション」を日々やっているのだと思います。だから、相手を理解しようという努力が大事なんでしょう。
 その点、仕事でインタビューしてきた経験がとても役に立っています。あらかじめ相手の方のことを勉強しておく。お話の中で大事だと思われる言葉を捕まえて、そこから更に話を広げていく。これは、フランス人と話す場合も同じです。

北城 興味深いですね。人は自分に関心を持ってくれる人に好意を持つ。理解したいという気持ちは伝わりますよね。
 ただ難しいのは、会議のように大勢の中でコミュニケーションをとらなければならない場合。言葉が苦手な日本人は、皆のやりとりについていけない。でも、発言しなければ会議に貢献していないとみられてしまう。そこで私は、徹底的に下調べをしてあらかじめ意見もまとめて、それを最初に述べてしまえと言っています。冒頭なら何を言っても大丈夫だし、会議がその方向に進めばある程度話にもついていける。

中村 フランスでは友人の集まりでも、発言しないと何も考えていないと言われます。それで自分の意見をはっきり言うようになったのですが、それを日本でやると、今度は生意気と見られてしまう。同じことを言うにも、一歩引いて言葉遣いを工夫する、その使い分けができるようになってきました。

北城 部下に対しても、私は基本的に褒めて伸ばそうと考えているのですが、外国人の場合には、悪いところは悪いとはっきり言ってやらないと、かえって誤解を招いてしまうことがある。状況による使い分けは大切なポイントですね。

日本人が海外でもっと活躍するために

写真
鳥飼玖美子(本学異文化コミュニケーション研究科・観光学部教授)
鳥飼 表現の苦手な日本人が、上手にコミュニケーションをとるコツはあるのでしょうか。

中村 私はとにかく言葉にすることが大切なのではないかと考えています。例えばフランスでは、カフェのギャルソンが「マダム、そのコート素敵ですね」と言ってくれたりする。その一言で1日ハッピーに過ごせますよね。日本では夫や恋人でもなかなか言ってくれない。

北城 中村さん、今日の服素敵ですね(笑)。でもこれも海外でいうためには、やはり最低限英語はしゃべれないといけない。私の体験では、6カ月必死に頑張ればモノになると思います。それも、1つのテキストを丹念にというのではなく、映画を見たり新聞を読んだり、あらゆる機会をとらえて勉強に結び付ける。するとある時期から一気に上達して楽しくなるんです。
  もちろん英語ができるだけではだめで、話すべき自分の考え、アイデンティティーを持っていることが重要です。

鳥飼 講演でも触れておられましたが、これからのリーダーの資質として大切なものを あえて一つあげるとしたら何でしょう。それぞれお聞かせ下さい。

中村 私が自分の上司に求めるものと考えると、「思いやり」でしょうか。人間が好きで、部下のことを親身に考えてくれる・・・ちょっと甘いでしょうか。

北城 そんなことはありません、当然備えていなければならない資質です。
 私がひとつ選ぶなら「情熱」です。できると信じて挑戦すれば、必ず道は開ける。それから、明るく楽しく前向きに仕事をする、最初の文字を取って「アタマ」と言っているのですが、これも大切だと思います。

鳥飼 今や国際社会に出ていくということは、決して特別な人の話ではありません。お二人が海外の日本人を客観的にご覧になって、もう少しこんなことが必要なのでは、というアドバイスはございますか。

中村 日本人はもっと自信を持っていいと思います。私たちは豊かな生活を実現しているし、高い教育も受けている。何ひとつ気後れする必要はないと、自惚れるのではなく、背筋を伸ばすことが大事なのではないでしょうか。

北城 相手を理解することが大事だという話をしてきましたが、自分の考えを相手に理解してもらうための努力も、もっと必要ですね。国の情報発信もそうですが、ビジネスや日常生活でも同じだと思います。

鳥飼 日本人同士だと「阿吽の呼吸」で分かるはずと考えてしまいますが、国際社会では通用しないということですね。
 興味深いお話をありがとうございました。

質疑応答
―異文化コミュニケーションの大切さに気づくきっかけとなった出来事とはどんなことですか?

北城 会議で議論についていけなかったことです。冒頭で意見を述べてしまおうと思いついたのもその時です。

鳥飼 高校生の時の最初の留学で、ホストファミリーの言葉の量がとにかく多かった。言葉を駆使する姿勢の違いを感じました。

中村 フランス語のレッスンで、レベルは同じなのに、他の国の生徒はどんどん想像をふくらませて話が作れる、私はできないということがありました。この頭の堅さは日本の教育のせいかも、と感じました。

―国際社会で活躍するために、英語力以外で学生時代に身につけておくべきものはどんなことですか?

中村
 日本の文化や歴史を勉強しておきたい。私自身がフランス人と話すにあたり、やっておけばよかったと痛感しています。

北城 歴史は特に近現代史を勉強してほしい。それから、自信につながるので、何でもいいからこれはやり切ったというものを作ることをお勧めします。

―日本に興味のない外国人に、日本について説明し、興味を持ってもらうための工夫はどんなことですか?

中村 友人に借りたお金を和紙のポチ袋に入れて返したらとても喜ばれた。そういう小さなことから少しずつ興味を持ってもらうようにしています。

北城 相手が興味のあることに関連させて、例えばそれが環境なら日本の省エネ技術を、美術なら印象派と浮世絵の関係を、という具合に説明したらどうでしょう。

▲このページのTOPへ
開催予定
7月16日(土)
文学部主催/池澤夏樹氏(作家)
『思想の道具としての日本語』
採録はこちら
7月30日(土)
経済政策学科主催/神野直彦氏 (東京大学教授)、小島明氏 (日本経済研究センター会長) 『グローバル化時代の人づくり』
採録はこちら
9月24日(土)
立教大学主催/村上龍氏 (作家)、小島貴子氏 (本学コオプ・コーディネーター) 他、トークセッション『問いを立てる能力』
採録はこちら
10月8日(土)
経済学部主催/加藤紘一氏(自民党衆議院議員)、岡田克也氏(民主党衆議院議員)、寺島実郎氏(三井物産戦略研究所所長)、泉宣道氏(日本経済新聞社編集局次長兼アジア部長)他 『日本のアジア政策を考える』
採録はこちら
10月11日(火)
経営学部主催/北城恪太郎氏(経済同友会代表幹事、日本アイ・ビー・エム会長)、中村江里子氏(フリーアナウンサー) 『グローバルに活躍する人材』
採録はこちら
10月29日(土)
立教大学・東京中小企業家同友会共催/林文子氏(ダイエー会長兼CEO) 『輝く未来へ〜仕事を通じて人生を学ぶ〜』
採録はこちら
11月3日(木)
コミュニティ福祉学部主催/レスリー・チェノウエス氏(クイーンズランド大学上級講師)他 『福祉先進国における しょうがいしゃ福祉:その実態と課題』
採録はこちら
11月14日(月)
現代心理学部主催/鍋田恭孝氏(精神科医)VS 香山リカ氏(精神科医) 『対談:思春期の心と身体−美しさへのこだわりの意味をめぐって−』
採録はこちら
11月26日(土)
理学部主催/安保正一氏(工学博士、大阪府立大学工学部教授)他、『未来を拓く魔法の新素材−光触媒の現状とさらなる可能性−』
採録はこちら
12月3日(土)
社会学部主催/久保伸太郎氏(日本テレビ放送網社長)他、『フルデジタルの時代へ−21世紀のテレビとは−』
採録はこちら
12月15日(木)
立教大学主催/玄田有史氏(東京大学助教授)、本学OB・OG、 小島貴子 (本学コオプ・コーディネーター) 『立教大学がめざすもの』
採録はこちら

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright 2005 Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.