2006年度 新学部・新学科開設記念 連続シンポジウム
『福祉先進国における しょうがいしゃ福祉:その実態と課題』

 わが国では、2005年10月31日に「障害者自立支援法」が施行されました。従来は障害の種別のタテ割りになっていたサービスを一本化し、障害の程度を考慮しつつ自立支援を基本とした新しい法制度が、多くの問題を抱えながらもスタートしたわけです。こうした状況において、オーストラリア、スウェーデン、オランダの福祉政策の歩みと現状は、私たちにとって大変参考になると思います。
 まず、それぞれの登壇者に各国の状況をお話しいただいた後、パネルディスカッションに移りたいとお思います。

地域生活への移行と自己責任に基づくオーストラリアの福祉政策
(レスリー・アイリーン・チェノウエス)


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レスリー・アイリーン・チェノウエス氏
(オーストラリア:クィーンズランド大学上級講師)
  オーストラリアの福祉政策は、「国際障害者年(1981年)」を機に大きく転換しました。しょうがいしゃ、家族、介護者らとの協議をふまえ、コミュニティでの生活、自己決定といった原則を含む基本的な枠組み「障害者サービス法」を作ったのは1986年。1992年には「障害者差別禁止法」も制定されました。

  具体的なサービスのプログラムについては、連邦制であるわが国の場合、国と州の役割分担が複雑な面があります。特に1980年代末頃から、国は政策の方向性を決めて州政府に予算と権限を委ねていきました。

  その結果、州政府は居住施設の提供、家族によるケアへの資金的援助、情報サービス、そして不十分ながら「セルフアドボカシー運動」への援助などを含む様々なサービスを行なうようになっています。ただし、直接のサービス提供からは手を引きたがっており、基準だけを決めてNGOなどのサービスを買う傾向を強めています。

  なお、教育におけるインクルージョン(共生共育)のサポート、公営住宅におけるユニバーサルデザイン、そして医療ケアをめぐる多様な問題など、州や自治体の一般的なサービスの中でしょうがいしゃが深くかかわる分野があることはいうまでもありません。

  一方、国も依然として社会保障など多くの分野で責任を負っています。「センタリンク」と呼ばれる機関が、しょうがいしゃ・介護者への年金給付、リハビリのサービスなどを行なっており、サポートつきの就労サービスもあります。制度については、サービスが細分化され過ぎ、さまざまな要素がからみあった現実を抱える当事者にとっては交渉・手続きが大変煩雑な上、どんなサービスも当てはまらない「すき間」が生じているなどの問題が起こっています。

  現在、施設に入っているしょうがいしゃは非常に減っており、実際にサービスを提供するにあたってはコミュニティをベースに考えることができます。本人を対象としたものと家族を対象としたものがあり、後者では家族がある程度の裁量権を持って使える「個別資金パッケージ」の制度が重要です。高度な医療ケアを必要とするしょうがいのある子どもなどの場合に、本来の家族と技術のあるホストファミリーとでケアを分担する、新しい「シェアード・ケア」のシステムもあります。

  課題としてはまず、コミュニティ、とくに教育の場において完全なインクルージョンが可能かどうか。高度なケアを必要とする、あるいは問題行動のあるしょうがいしゃへの対応は専門施設でないと難しいという議論もあり、まだ先は長い問題です。

  農村部など地域によるサービスの格差も生じていますが、これについては「ローカル・エリア・コーディネーション」という新しい方法が一部地域で試みられています。

  コストの問題も深刻です。「小さな政府」を目指して民間に任せる部分が増え、福祉のセーフティーネットも切り下げられる傾向にあります。年金などの資格認定も厳しくなり、やがて受けられないしょうがいしゃが出てくる恐れもあります。手当が削られた結果、就労が増えるのはよいことかもしれませんが、そのサポート体制はどうなるのか不確実です。

  政策として、良いものはあるけれど、十分な資金がない中、実現できるかどうかが問題だといえるでしょう。

脱施設化の先を目指すスウェーデンのセルフアドボカシー運動
(アンデシュ・ベリィストローム)


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アンデシュ・ベリィストローム氏
(スウェーデン:イェテボリ・グルンデン協会コーチ)
 1890年代、産業革命の波が押し寄せ貧富の差が拡大したスウェーデンでは、慈善事業の一つとして、知的しょうがいしゃを対称とした最初の入所施設が作られました。ここは以後100年以上存続し、わが国のしょうがいしゃ政策に大きな影響を与え続けたのです。

  その後こうした施設は、地域社会が財政的に援助できる範囲内で作られ、運営されていましたが、経済不況で余裕がなくなると、排除・隔離のための施設へと性格を変えます。1930〜1950年代はいわば暗黒時代、強制収容所さながらの巨大施設で、人体実験のような扱いも行なわれました。

  1955年、最初の「親の会」が行動を起こします。医療社会局の検査官とマスコミが施設に足を踏み入れ、国民は恐ろしい光景を目のあたりにします。これが変革のきっかけとなり、政府も調査を開始しました。

  1967年、知的しょうがいしゃ援護法が制定され、しょうがいしゃは住居、活動や教育の機会を与えられます。ただし、施設で治療するという考え方が依然中心にあり、入所者はむしろ増加。内容は近代化したものの、虐待も日常的に見られました。

  一方、「親の会」は最初のグループホームを実験的に作り、しょうがいしゃがそこでの生活にすぐ適応できることがわかりました。すると各施設で入所者が抵抗し始め、地方当局の前で個室を要求するデモが起こります。こうして「セルフアドボカシー運動」が始まり、全国に団体ができていきます。

  政府も新法案作成に着手。1984年、すべての団体に発言を求め、それをふまえて1985年、知的しょうがいしゃ等特別援護法が改正されました。しょうがいしゃは初めて社会の平等な一員と認められたのです。地方自治体は施設閉鎖への取り組みを義務付けられました。

  同じく1995年、イエテボリ市で「グルンデン協会」が設立され、すべての施設閉鎖を主張して、以後の「セルフアドボカシー運動」をリードすることになります。同市では施設閉鎖の先駆的取り組みが行なわれました。

  政府は、個人のニーズ、社会参加の観点から支援の方策を探求するための調査を開始し1992年、新法の考え方が実際に生かされる民主的体制が整いました。障害者は意思に反してサービスを強制されることはなく、必要なものを申請し、行政が拒否すれば訴訟を起こす権利も保証されるようになりました。施設モデルの伝統が残っていたグループホームにも、新しい基準ができ、個別の台所、寝室、居間がある空間、5戸以下のアパートが要求されるようになりました。

  施設閉鎖の期限は1999年中と定められ、以降は禁止となりました。ただ実際には、施設かどうかの議論はありますが、今でもいくつか残っています。

  現在では、しょうがいしゃの支援・ケアに関する特別な法律自体が、時代遅れといえるでしょう。現行法はインクルージョンと自己決定を原則としてはいますが、まだまだ不十分です。

  現在「グルンデン協会」は、高齢者のケアも含めた社会福祉法の制定を目指しています。現状にはまだまだ不満はありますが、大切なのは声を上げ続けること。近い将来、しょうがいしゃが特別な法律を必要とせずに生活できるコミュニティが実現すると信じています。

新法「WMO」はオランダの福祉政策転換の第一歩
(ウィリアム・ヴェステヴェル)


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ウィリアム・ヴェステヴェル氏(オランダ:オンダリングシュタルク連盟代表)
  オランダでは、2006年7月に、しょうがいしゃ支援に関する新しい法律「WMO」が制定されます。

  しょうがいしゃのヘルスケア、介護などに関する現行の特別法「AWBZ」には、しょうがいしゃに選択権がなく、当局の決定に依存するしかないという欠点があります。特に入所施設で暮らす知的しょうがいしゃの場合、施設のサービスがすべてで、法律の存在すら知らないでしょう。

 これに対し「WMO」は、しょうがいしゃの自立支援という考え方が基本にあります。まず自分の力で行い、そして家族やボランティアの援助を頼り、それで足りない部分を当局に自ら求めることにより、初めてサービスや資金的援助を受けることになります。これは大きな前進だと思います。

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ロール・コック氏
(オランダ:オンダリングシュタルク連盟コーチ)
 しかし問題もあります。まず、統一的なルールも決めずに予算が削減されること。申請手続きが煩雑になれば、それがしょうがいしゃの負担となること。特に大きいのは、申請を受けた当局が必要なサービスや援助の内容を判断・適用すると定められていること。しょうがいしゃが自分の意思で選択できない恐れがあるだけでなく、当局が「しょうがいしゃ」のレッテルを貼ることにもなります。また、本人や家族が自由な裁量によって使うことができる「PGB(個人予算)」が盛り込まれるかどうかも不確実です。

  しょうがいしゃ団体の中には、「AWBZ」を存続させるべきだという主張もありますが、私はやはり「WMO」の方向に向かうべきだと思います。ただ、それが行政の負担軽減にのみつながり、しょうがいしゃへのサービスの質が低下するのでは意味がありません。そして、そうなる可能性も大いにあり、深刻な状況であることも事実です。

  私たち「LFB」は、「WMO」が当事者の声を取り入れることで、より望ましい内容となるよう、国、関係省庁、他団体と話し合いを続けています。中でも、しょうがいしゃの利益を第一に考えたサポートシステムを実現するための10項目のマニフェスト(「ケアを受ける権利の保証」「自主決定権の尊重」「客観的な適用認定」「質のコントロール」など)を国、各自治体の施策に盛り込ませるための働きかけに力を入れています。

  しょうがいしゃが常に一歩引いて、他の人たちにつき従う今の社会が、大きく変わることを願っています。

パネルディスカッション

福祉政策における脱施設化と自己責任は必然の流れ

河東田 他国の状況をお聞きになっていかがですか。

ヴェステヴェル 他の2国では施設閉鎖が進んでいますが、わが国ではこれまでそれは考えられもしなかった。施設以外の生活を全く知らないしょうがいしゃやその親が、施設こそ安全だと思い込んでいるのです。「WMO」がきっかけとなってくれることを期待して、反対する政治家にも働きかけを続けています。

ベリィストローム オランダの現在の状況は、20年前の法改正前後のわが国(スウェーデン)とよく似ているようですね。わが国の現状は、施設を閉鎖したからこそ実現したもの。やはりそれが最優先課題だと思います。閉鎖が経費削減につながるとわかると、政治家の態度も変わるのです。また、自己責任を具体化する段階での問題はオーストラリアと共通性を感じます。

チェノウェス 自己責任主義は基本的に望ましいことですが、いわば諸刃の剣。予算削減を伴うのです。これはオランダでも同じとのことですが、わが国(オーストラリア)の場合、「グルンデン協会」や「LFB」のような強力な当事者組織がないだけに、サービスの質の低下につながることが懸念されます。

ヴェステヴェル 私たち当事者組織も予算不足の影響を受けていますよ。「WMO」が施行されればさらに経費は増えるはずですが、国は重要性を理解はするけれど余裕がないと……。

河東田 スウェーデンの法律「LSS」の第一条には、しょうがいしゃは他の人々と同様な生活状態を得る権利を有する、との文言があります。これは、具体的な政策決定において大きなポイントだと思うのですが。

チェノウェス わが国の法律はサービスが中心で、権利等に関する規定はないのです。これは今後の課題ですね。

ベリィストローム もちろん、規定があるから自動的に実現するわけではない。わが国でもいまだに入所施設の文化が残っており、自己決定の原則も必ずしもうまく機能していません。法制度はむろん重要ですが、働きかけを続けることはさらに重要なのです。

参加者 重度の知的しょうがいしゃへの対応は、どうですか?

ヴェステヴェル 彼らにも当然、自分が望む生活をおくる権利があります。施設以外の生活があることをきちんと知らせ、安全にこだわる親たちに「最終的にだれが決めるのか」と問いかけて説得を試みているのですが……。

ベリィストローム 重度しょうがいしゃ巨大施設での生活はむしろ危険なのです。施設閉鎖に反対する政治家は、重度しょうがいしゃとその親をいわば人質にとろうとしますが、本当は彼らも施設での生活を望んではいないのです。

チェノウェス 大切なことは、重度しょうがいしゃたちのコミュニケーションの方法を私たちが学び、彼らの意思をきちんと聴くことだと思います。

参加者 日本ではサービスの民営化の弊害が出始めていますが皆さんの国では、いかがですか?

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河東田博(本学コミュニティ福祉学部教授)
チェノウェス 同じです。利益をベースに考える民間企業では、サービスの質が真っ先にカットされる。利用者に完全な選択の自由が与えられていれば競争原理がよい方向に働くという面もあるのですが、やはり本来、一般の商品と同列に扱えるものではないでしょう。

ベリィストローム わが国にも民間業者はいますが、「LSS」を遵守するかぎり利益ベースの経営はできません。ただ、サービスの質や制度の理念を軽視する業者はあるでしょう。小規模業者が増えて、選択の幅ができる方がよいという考え方もあります。

ヴェステヴェル 公営の入所施設の管理者でも、経費を私的に流用する人間はいます。 参加者 介護の質を高めるための資格強化が一般の方の参加を拒み、社会連帯をそこなうという矛盾が生じているのですが……。

チェノウェス 介護には、技術だけでなく、創造性や問題解決能力といった資質も重要ですからね。しょうがいしゃが施設外で生活する場合、有資格者による介護とコミュニティのメンバーによるものとをうまくブレンドする工夫が必要でしょう。交渉は難しいかもしれませんが。

河東田 私は国立市の福祉政策策定に委員としてかかわったのですが、そこでは、介護費の直接給付や資格をはずして誰もがヘルパーとして参加できるシステムを作るという考えも盛り込まれました。福祉行政は国から地方への移管が進んでいるので、各自治体で皆さんの声が生かされるチャンスも増えると思います。
  なお、その委員会は知的しょうがいしゃも参加していただけでなく、毎回多くの当事者の方々が傍聴されていました。私は、彼らの声を聞かなければ本当に有効な制度は作れないのだということを、実感させられています。
  本日のディスカッションを通して、いかなるルール作りも、人々の幸福に方向付けられなければならないということを改めてかみしめました。
  皆さん、どうもありがとうございました。

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文学部主催/池澤夏樹氏(作家)
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コミュニティ福祉学部主催/レスリー・チェノウエス氏(クイーンズランド大学上級講師)他 『福祉先進国における しょうがいしゃ福祉:その実態と課題』
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