2006年度 新学部・新学科開設記念 連続シンポジウム
『思春期の心と身体―美しさへのこだわりの意味をめぐって―』

理想と現実のギャップに悩み始める思春期(鍋田恭孝氏)

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鍋田恭孝氏(精神科医)
 思春期の病理の代表的なものに、対人恐怖、醜形恐怖、摂食障害、境界性人格障害、思春期型の不登校や非行などがあります。これらは12、3歳から始まり、18歳あたりをピークに、30歳を超えるとほとんどの場合は直ってしまう、あるいは症状が力を失います。

  原因については、衝動が高まることでバランスを崩すという精神分析系の理論(非行などに有効)、第二の分離個体化(親から独立した自分を作る)のプロセスでの失敗とする理論(境界性人格障害や不登校・引きこもりなどに有効)などいろいろな説明が試みられています。その中で、醜形恐怖に代表される「美しさへのこだわり」とかかわる病理に対しては、次のような説明が有効だと思われます。

  子どもは小学校高学年から急速に抽象的思考が可能になっていきます。絶対性・純粋性といったイメージを持てるようになり、自己像、他者像、あるいは世界像などができあがっていくようです。同時に認知能力が高まり、現実がリアルに見えてきます。

 幼いうちはまじりあっていた現実とファンタジーが、この時期こうして初めて分離していくため、イメージが極端化しがちで、自分についても、完璧な理想像、あるいは悪い像を作る。そして、それらのイメージを間にはさんで現実を見るようになるのです。

 一方、この時期は想像力が発達するため、他者から自分がどう見られるかが気になり始めます。なお、興味深いことに、この「公的自己意識」の年齢による強さを示す曲線は、思春期型病理の曲線とほぼ一致します。

 これらの思春期の心理的特長が、第二次性徴による身体的変化とともに、病理の背景になっているのではないかと考えられるのです。

 醜形恐怖の患者さんは、多くの場合、客観的に見ればむしろ美男・美女に属しています。彼らが気になるのは目、鼻、髪など目立つ部分で、そこにとくに象徴的な意味はないようです。もともとチャームポイントだった部分が、変形して醜くなったのではと悩むケースもあります。とくに男性の場合、第二次性徴で「男らしく」変化した部分を嫌い、子どものままのかわいい自分でいたいと思う傾向が強い。一方女性は、母親、姉妹などとの「勝ち負け」を意識する傾向が強いといえます。

 醜形恐怖は世界的にも男性に多いのに対し、摂食障害は女性が圧倒的です。美しさをアピールしたいというより、自分の存在そのものの希薄さと必死に戦う中で、太る・やせるといった、より直接的な身体感覚に向かう傾向が、女性にはあるのかもしれません。

 なぜ人間は美しさを求めるのか。これはよくわかりません。人間関係において外見の重要性は、つきあいが深まるにつれ下がっていきますが、やはり初対面の時には大きい。

 そして思春期は、自分自身とまさに初めて出会う時期、理想像と現実のギャップを感じ、しかもそれがコントロールできないことに悩む時期であることは確かでしょう。


「モテる」の流行は自己評価の低さの表れ(香山リカ氏)

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香山リカ氏 (精神科医)
「人間は外見ではない」と口では言いながら、実は私たちの判断は、人の外見に大きく左右されます。その本音(?)を堂々と表現してしまっているのが、「モテ服」「モテ髪」「ちょいモテ」と最近女性誌などの見出しに目立つ「モテる」という言葉。そこには、外見が大事というだけでなく、それを他人に評価されて初めて価値があるという意味も含まれています。

 キレイ事など言わずにとにかくモテたい、と外見を整える。これは前向きな姿勢と見ることもできます。

 でも、モテ服を着たがる学生や患者さんなどと話をしてみると、その裏には、ありのままの自分は他者から評価されていない、必要とされていないという意識があるようです。そしてこの自己評価の低さ、自己肯定感の欠如は、自分などなんの役にも立たない人間だから、という理由で就職しようとしない若者にも共通しているといえるでしょう。

 実際には、彼らは必要とされていないわけでも、役に立たないわけでもない。平たくいえば「勘違い」によって、自分自身にいわば逆の「太鼓判」を押してしまっているのです。

 こうした人たちの中には、とにかく人の役に立っているという実感がほしいと、福祉関係、医療看護関係の仕事を目指したり、ボランティアに参加したりする人がいます。人から直接「ありがとう」「おかげさまで…」といわれることで、自分の価値を確認できる、自分を認められると実感しているのです。もちろん、それで成功する人もいます。ただ、根本の動機が「自分が救われたい」というところにあるため、周りとうまくいかなかったり、無理に働きすぎて燃え尽きてしまったりといったケースも少なくありません。

 自己肯定感を得られない状態が続くと、しだいに「自分などいなくてもいい」、あるいは身体感覚もリアリティーを失って、「こんな体はどうなってもいい」といった感覚が生まれてくる。その結果、自殺を図る人もいます。また、一方に「できれば身体感覚を取り戻したい」という矛盾した思いもかかえて、リストカットなどの自傷行為に走る人もいます。確かに、痛みや出血によって一瞬は自分の身体や生命を確認できますが、それはまたすぐに薄れてしまいます。

 さらに、自分の身体はどうなってもいいという感覚と、人の役に立つことを実感したいという願望が結びつくと、風俗やAVなどの仕事に身を投じる人もいます。この場合も、男性が喜ぶのを見ることで一時的に自己肯定ができても、すぐにまたむなしさに襲われて元に戻るというケースが少なくありません。

 このように、自己否定のループに陥ってしまって、なかなか抜け出せない、そのため自傷行為などを繰り返してしまうという人も多いのです。

 「モテる」という言葉の流行は一過性のようにも見えますが、実はその根本に、自己評価の下手な現代人の心性がひそんでいるのではないでしょうか。


対談:「自己感覚」は自ら選ぶ多様な体験の中で

物語を失って希薄化する若者たち

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鍋田 身体や美しさをめぐる病理の背景として、私が紹介したのは自己の理想像と現実の間にある葛藤という、いわば古典的なモデル。一方、香山先生はより現代的な、身体感覚・自己感覚の希薄化を取り上げられていますね。私のところでも、そうした希薄さを感じる患者さんが増えているのですが、その原因をどのようにお考えですか。

香山 ゲームなどバーチャルリアリティーの氾濫がよく指摘されますけれど、それは少し違う気がします。一つは、今の若い世代は、かつてのように人生モデルや役割に沿って自己を生きることから解放されました。「やりたいことをやって、自分らしく生きなさい」と。良いことではあるのですが、その結果、「本当にやりたいこと」だの「自分らしさ」だのを自ら探さなければならない。でも自己の内面を見つめてみても人に誇れるようなものは出てこない。それで、自分には価値がないのだと思ってしまう人が増えているのではないか。そんなことを漠然と考えているのですが。

鍋田 私は、彼らが「物語」を失った、というとらえ方をしています。彼らは多くの場合、自分が何を悩んでいるのかを語れませんよね。聞いても「わからない」。そこで細かく質問すると「普通」「別に」「微妙」と答えます。

香山 「何が悩みなのか見つけるのが先生の仕事だろう。説明できるくらいなら病院には来ない」と言われることもあります(笑)。

鍋田 そこでたとえば卓球を一緒にやり、それについて語り合います。続けていくと、ある時、自分について語り出すことがあります。個々の具体的な体験の中の「自己」が凝縮し、やがて一つにつながって「物語」ができる、そして自己感覚を獲得できるようです。

香山 それはリアルな体験を使わなければだめでしょうか。実は私、運動能力ゼロで卓球ができない(笑)。でも、子どもと同じゲームソフトをやって後で語り合うという方法はとったことがあり、効果的だったと思われる例もいくつかありますが。

鍋田 ある程度は有効だと思います。ただ、やはり体験が視覚・聴覚とその情報処理に限定されますから、もっとプリミティブな身体感覚を伴う体験が必要になるのではないでしょうか。

香山 インターネットを使うと、たとえば地球の裏側のものが探せたり買えたりといったように、身体が拡張していくような感覚があります。リアルな体験が不足していると、それを現実の身体感覚と混同するという問題が起こってくるのかもしれませんね。
 とくに私が感じるのは距離感のゆがみ。自分や他人の「死」が非常に近いのもその一つの表れではないかと思います。以前、高校生の男女が二人だけで暮らしたいからと、家を出る代わりにそれぞれの両親を殺すことを選んだという事件がありましたよね。私の患者さんの一人も、父親とケンカして、飛び降り自殺を試みました。幸い未遂に終わり、後で聞くと、電車でほんの何駅という彼女の家が、死ぬことより遠く感じたそうです。

鍋田 思い切った行動をとるためには、物事の重要度の序列が必要で、これも「物語」を作る中で自然にできあがっていくのだと思うのです。彼らの場合、極端にいえば全てのものが同じ重さで並んでいるような気がします。


情報社会を変幻自在に生きる新人類も

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香山 一方で、今の時代、外に出なくてもたとえばオンライントレードで稼ぐということもできます。実際、「引きこもり」などの患者さんに、そうしたことを治療としてやらせる試みもあるようです。
  ある患者さんが、皆の世話が忙しくて病院に来られないというので、理由を聞いたら、オンラインゲームのパーティのリーダーになってしまったと(笑)。全く生産的ではないけれど、責任を背負って活動しているわけで、それはそれで良いのかなとも思うんです。

鍋田 自己を確立して他者との関係を作ることを治癒だと考えれば、そこにつながるかどうかは難しいと思います。ただ、そうした治癒がなかなか望めない場合の代わりの道としては考えられるのではないでしょうか。
 それにもちろん、自己確立の方法も従来とは違うものが出てくるでしょう。少し前は、変幻自在の「プロメテウス型人間」が生き残るといわれていたけれど、今後はさらに進んで、バーチャルな情報も実態のあるものと同様にうまくとらえ、処理して、部分的にパッパッと変わっていけるような人がどんどん増えてくるのではと。

香山 ホリエモン(ライブドア社長 堀江貴文)や三木谷浩史(楽天社長)さんなど、そのいい例だと思うのですが、同じようにバーチャルに囲まれた生活をしていながら、彼らは成功者として知られています。それはやはり資質の違いなのでしょうか。

鍋田 繰り返しになりますが、結局は情報の洪水にあってもブレない自己感覚を持っているかどうか。これは資質もあるでしょうが、幼児期の母親との関係に帰着させる議論が、疑わしいものも含めて多いです。いずれにせよ、母親にばかり責任を押し付けるのは酷で、母子を取り巻く環境自体に問題があることは確かです。

 私はよく「ちびまる子ちゃん」を例にとるのですが、彼女は場合に応じて父親、母親、姉、祖父、祖母、いろいろな人間関係を主体的に選択し、体験することができる。その体験の重なりの中で、自分の物語ができあがっていくのです。先ほど、身体感覚を伴うリアルな体験が大切といいましたが、この主体性、あるいは創造性のようなものも重要な要因だと思います。今の子どもの悲劇は、選択可能な多様な体験系が生活の中に用意されていないということです。

香山 大学が学生に何か告知するときに、掲示板に貼っても反応がない。個人名をつけたメールか何かでないとだめだというんです。その他大勢にはなりたくない、主体性を呼び覚ましてほしいというような欲求があるのでしょう。「世界の中心で愛をさけぶ」を読んで「これは私のために書かれた小説だ」と勘違いする人が何万人もいる(笑)。これも、同じような気持ちの表れかもしれません。
 ただ、そうした小説や歌のようなマスなものでも、自己確立の手段として利用できる場合があるのではないかと、ちょっと考えてはいます。

鍋田 心に響くということがあると思いますが、やはり自分で具体的な体験を積み重ねないと……。

香山 でも、先程おっしゃった子どもの環境が、今後改善する見込みはあまりないですよね。とすると、どうすればいいと思いますか。

鍋田 難しい問題です。私のところで試みている一種の広場、子どもが自分で遊びや人間関係を選択しながら過ごせる空間を地域に作ることもひとつの方法だとは思います。ただ私自身は、確かに環境は大きく変わっているけれども、人間の生き物としてのベースがそれほど揺らぐことはないだろうと、楽観的に見ています。

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開催予定
7月16日(土)
文学部主催/池澤夏樹氏(作家)
『思想の道具としての日本語』
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7月30日(土)
経済政策学科主催/神野直彦氏 (東京大学教授)、小島明氏 (日本経済研究センター会長) 『グローバル化時代の人づくり』
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9月24日(土)
立教大学主催/村上龍氏 (作家)、小島貴子氏 (本学コオプ・コーディネーター) 他、トークセッション『問いを立てる能力』
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10月8日(土)
経済学部主催/加藤紘一氏(自民党衆議院議員)、岡田克也氏(民主党衆議院議員)、寺島実郎氏(三井物産戦略研究所所長)、泉宣道氏(日本経済新聞社編集局次長兼アジア部長)他 『日本のアジア政策を考える』
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10月11日(火)
経営学部主催/北城恪太郎氏(経済同友会代表幹事、日本アイ・ビー・エム会長)、中村江里子氏(フリーアナウンサー) 『グローバルに活躍する人材』
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10月29日(土)
立教大学・東京中小企業家同友会共催/林文子氏(ダイエー会長兼CEO) 『輝く未来へ〜仕事を通じて人生を学ぶ〜』
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11月3日(木)
コミュニティ福祉学部主催/レスリー・チェノウエス氏(クイーンズランド大学上級講師)他 『福祉先進国における しょうがいしゃ福祉:その実態と課題』
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11月14日(月)
現代心理学部主催/鍋田恭孝氏(精神科医)VS 香山リカ氏(精神科医) 『対談:思春期の心と身体−美しさへのこだわりの意味をめぐって−』
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11月26日(土)
理学部主催/安保正一氏(工学博士、大阪府立大学工学部教授)他、『未来を拓く魔法の新素材−光触媒の現状とさらなる可能性−』
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12月3日(土)
社会学部主催/久保伸太郎氏(日本テレビ放送網社長)他、『フルデジタルの時代へ−21世紀のテレビとは−』
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12月15日(木)
立教大学主催/玄田有史氏(東京大学助教授)、本学OB・OG、 小島貴子 (本学コオプ・コーディネーター) 『立教大学がめざすもの』
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